九京村

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現場に向かう車中。心咲は運転しながら助手席に座る琢馬に資料を渡した。 「それが今回の現場です。」 琢馬は渡された数枚の資料の一番上にあった地図を眺めた。 「管轄の端の端だな。山奥の集落…こんなとこにまだ人が住んでるのか?」 「限界集落に近いですけどね。あ、でもそこの側にこの前、大型病院できませんでしたっけ?その地図古いんで載ってませんけど。」 「…病院?」 「えぇ、広大な土地がありますからね。多分、今回のご遺体はその病院で解剖されると思いますよ。」 「ふぅん。」 琢馬は心咲の用意した大して必要のない資料をペラペラ捲りながら、通報者の情報を記した資料に目を通し、不思議そうに心咲に問い掛けた。 「なぁ心咲。この通報者の情報何なんだ。それに場所もはっきりしてないじゃねぇか。」 琢馬が指差した資料には、通報者の情報欄には『恐らく高齢男性』とだけ記され、他にはその通報者が話したとされる内容がつらつらと記されていた。 「…これ、ほんとに事件なのか?」 琢馬の痛い視線を感じた心咲は、しまったという表情を一瞬浮かべ、丁度赤信号で停止したため、琢馬の方を向いて答えた。 「…私もわかりません。課長の指示ですから。」 「…根岸(ねぎし)課長か。ったく、課長は俺を厄介払いしやがったな。」 「いいじゃないですか、どうせ先輩暇で暇でしょうがなくてイライラしてたんですから。」 信号が青に変わったため、心咲は車を発進させた。 「もういい。心咲、署に戻れ。」 「え、何でですか?」 「何でってお前…」 琢馬は溜め息をつくと、資料に記された通報者が話したとされる内容を読み上げ始めた。 「殺人です。場所は住所がなくうまく伝えられないですが、カーナビに白鷺病院の住所を入れて走らせてください。白鷺病院に近付くと病院の案内看板が立つ十字路があり、それを過ぎてすぐ左に道が現れます。石碑が目印です。その道をずっと上がって…まだ読むか?」 琢馬が不機嫌そうに途中で読むのを止め、心咲に冷たい視線を送った。 「場所はそのとおりに行けば辿り着きますって!ナビにはちゃんと白鷺病院の住所を入れてありますから。」 「そうじゃねぇよ。この殺人事件自体が嘘なんじゃねぇかってことだ。」 「まぁ嘘なら嘘でいいじゃないですか。1パーセントでも可能性があるなら確認は必要です。…あ、先輩あれです、あれ!」 心咲が少し興奮気味に指差した方向に琢馬は目を向けた。視線の先には、まだ大分かかるであろう遠くの山肌に聳える白い大きな建物が見えた。 「…あれが白鷺病院か。」
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