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「せせせ先輩、何なんですかあの人たち。」
「…わからん。住民か。…お前は車に乗ってろ。」
「え?先輩?」
琢馬は心咲を残して、一人で車から降りて車の前に移動した。数メートル先にはパッと見、10人くらいの老人が並んでじっと琢馬を睨んでいた。琢馬はポケットから警察手帳を取り出し老人たちに見せた。
「こんにちは。自分は木藤岡琢馬、刑事です。怪しい者ではありません。ここで殺人事件があったと通報があり、現場確認に来ました。」
老人たちは琢馬の言葉を受けても微動だにしやかった。そんな中、真ん中に立っていた老人が一歩前に出て、口を開いた。
「…警察の人間がなにようだ。儂らの住まいを奪いに来たのか?」
「違いますよ!ですから、ここで人殺しがあったって…。」
「人殺し?そんな物騒なことがあるわけがない!お前、そう言って近付いて儂らを追い出すつもりだな!」
老人は興奮した様子で琢馬に一歩ずつ近付き始めた。琢馬は老人の気迫に押され、身体がこう着してしまった。車の中で様子を窺っていた心咲は、琢馬が危ないと感じて車から急いで降り、固まっている琢馬の肩を揺さぶった。
「先輩、しっかりしてください!」
心咲の声で我に返った琢馬は、心咲の手を引き、さっき上ってきた山道に向かって走り始めた。
「あのじじいたちは会話が通じない。とりあえず一旦署に戻ろう。」
「そうですね。ちょ、先輩!」
心咲が慌てて琢馬の手を掴んで足を止めた。山道のカーブの向こうから誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえたからだ。よく耳をすませると、一人分の足音とカラカラとなにかを引き摺るような音が聞こえた。
「この人たちの仲間ですかね?」
「…さぁ。」
琢馬がチラリと背後を見ると、老人たちは変わらず二人をギロリと睨み付けていた。
琢馬が老人たちを警戒している中、心咲が視線を送るカーブから自転車を引いた白衣を纏った男性が姿を現した。男性も琢馬たちの姿を見て立ち止まり、様子を窺うように視線を送った。
「…白衣…医者?」
「どうやらここの住民じゃなさそうだな。」
二人は安堵の表情を浮かべた。
すると、男性が立ち止まったまま声を張って質問をした。
「あの、どなたですか?」
琢馬と心咲はアイコンタクトをし、男性に駆け足で近付き、すぐに警察手帳を見せた。
「…警察?なんでこんな所に。」
「刑事の木藤岡と唐牛です。失礼ですが。」
すると、男性は首にぶら下げた名札を二人に見せた。
「白鷺病院の医師の伯耆悠一郎(ほうきゆういちろう)です。」
「白鷺病院の先生ですか。この集落にご用事が?」
「えぇ、自主的に訪問診療してましてね。この集落はご高齢の方ばかりですし、閉鎖的な集落で自分たちから病院に行こうとはされない方ばかりでして。週に一回こうしてお邪魔するようにしてるんです。」
琢馬がふと老人たちに視線を向けると、悠一郎の効果か、皆の表情が和らいでいるように見えた。
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