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5
しぱしぱと瞬きすると、視界の端で彼女はニコニコと言った。
「言うほど苦くないでしょ」
「……苦く、ないけど…………」
「薄めに入れたんだ。それと少しだけ砂糖も――」
説明する彼女の声が遠い。
いや、そうじゃない。コーヒーの中に、たぶんこれは、なんだかまずいんじゃないかなって言う、ものがあったんだ。
だが言葉が出てこない。
口の中に残る、さらさらした粉のようなものが、ぐんっと僕の視界から光を奪っていく。
「……お前、何、入れた?」
絞り出した声は、かすれていた。だけど彼女は変わらずその整った顔で楽しそうに笑う。
「やだなあ。君、何言ってるの」
「……睡眠薬、だろ。これは」
僕は昔から不眠症だった。だから病院で、処方された睡眠薬をよく飲んでいたのだ。
もちろん、量は規定通りに。その味はもう覚えていた。
――だけど、なんで。
口の中に残った、溶け切らなかったそれが、ざらざらしてる。
この量はおかしい、危険だ、と自分の中から叫びが聞こえてきそうだ。
ふと彼女が僕のすぐそばに来た。上から見下ろすようにして、笑う。
「言ったじゃん。告白しに来たんだって」
「……は?」
「好きな人って一度、殺してみたかったんだ。割と本気でね。でも君は冗談だろって笑ったよね」
「……な、そんなつもりじゃ」
「言い訳は要らない。興味ないから」
冷たい声だった。
だけど彼女は心底楽しそうに笑っていた。
そう言えばふと、彼女の持っていた黒いコートを思い出す。
そして、ああ、と笑った。
――彼女は最初から…………。
「じゃあね」
僕の意識が途切れる瞬間、何か冷たく尖ったものが、僕の身体に突き刺さったようだった。
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