び わ の 木 だ よ り

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 その年は例年(れいねん)に無く大きな台風が直撃(ちょくげき)して、すさまじい雨風が一晩中(ひとばんじゅう)吹き荒(ふきあ)れました。 びわの木の小枝(こえだ)や葉っぱが引きちぎられて、見る(かげ)もないほどぼろぼろになってしまいました。それでも、いつも通り十月に植木屋(うえきや)さんを()んで剪定(せんてい)をしてもらいました。 見違(みちが)えるほどこざっぱりしたびわの木を見て、田宮さんは、ふといいことを思いつきました。  (そうだわ、(じゅん)君に『びわの木だより』を書いてあげよう。(たし)かに、来年またびわが生ったら上げる、と約束(やくそく)したわ。だけど、一年()っていきなりびわを目の前にぽんと出されるだけじゃ、ありがたみが無いでしょう。びわの実がどうやって大きくなっていくのか、一年間知らせてあげましょう) そうすれば、後一年間は潤とつながっていられると思ったのです。 立石 潤君 こんにちわ、お久しぶりです。今日、植木屋さんが来て、びわの木をせんてい してくれました。のびすぎたえだや、こみ合ったえだを切って、花がさいた時にどのえだにもじゅうぶん日が当たるようにしてもらったのです。これから十か月ほどかけて、びわが生っていきますよ。  その後に、潤が大好きだった子ねこのミャ夫が死でしまったことを、(つづ)けて書こうかどうか(まよ)いました。田宮さん自身、ミャ夫を失ったことがまだ受け入れられないでいるのに。やはり今それを書くのは無理だと思いました。だから、 楽しみにして待っていてくださいね。                     田宮 優子より とだけ、書きそえました。それから、書いた文章の周りに、びわの葉っぱとオレンジ色のびわの実がふさの様に生っている絵をかいて、色えんぴつで色を付けました。最後に葉書の一番上に、金色のポスターカラーで、『びわの木だより』と、大きな字で書きました。『びわの木だより』を読んで、潤が自分やミャ夫の事を忘れないでいてくれたら、それでいい、と田宮さんは思ったのでした。  ところが、おどろいたことに、一週間ほどたったある日のこと、田宮さんの家のポストに、 田宮ゆう子さんへ      立石じゅんより と書いたピンク色の封筒(ふうとう)が入っていたのです。まさか返事が来るとは思っていなかった田宮さんは、びっくりするやらうれしいやらで、さっそく中の手紙を取り出してみました。 86709772-4556-49f9-975e-2c18dc582c99田宮ゆう子さんへ           びわのきせつは、なつのはじめなんですね。びわをもらうのがたのしみで、  まちきれません。                          じゅんより  つたない字で書かれた、そのまっすぐな表現(ひょうげん)が、田宮さんの心を打ちました。 潤君へ  お手紙ありがとう。返事をもらって、とび上がるほどうれしかったです。鉛筆(えんぴつ)の線で書いた線路の上にはりつけた、マシュマロシールの列車が、今にもガタゴト音を立てて動き出しそうな、楽しいお手紙でした。  この葉書の(おもて)の写真は、びわのつぼみです。台風十九号で、びわの葉っぱや小えだがたくさんふきとばされてしまいました。今年は花がさくか心配していましたが、ようやくぶどうのふさのような形をしたつぼみが出てきてホッとしています。これから、肥料(ひりょう)をやります。  それから、『びわの木だより』のお返事はもう書かなくていいですよ。びわがどのくらい大きくなったのか、読んで楽しみにしていてくれたら、それでいいのですから。  急に寒くなってきたので、かぜをひかないようにね。                           田宮 優子より 3b182bfe-bf3f-45bc-ab03-1b8ca4e6fc82  びわの木は常緑樹(じょうりょくじゅ)で、一年中緑色の葉を付けています。春になると、こい緑色の古い葉っぱの先に、白っぽい若葉(わかば)を次々に出していきます。やわらかな若葉は、夏の日をあびてどんどん大きくなり、緑色がこくなっていくのでした。それはまるで、年を重ねた大人たちの次の世代に生まれた(おさな)い命が、見る見る大きくなっていく様子に()ていました。  (かき)やもみじや(さくら)等の、落葉樹(らくようじゅ)()ばれる木々は、秋になると古い葉っぱを赤や黄色に()めて、次々に落としていきます。その後に残る(かた)い冬芽は、次の世代を(はぐく)むゆりかごでした。それは命の終わりではなく、来年の春に(そな)えて、ゆっくり休もうとしているかの様にも見えましたでした。季節は、もう落葉の時期でした。  ある日、田宮さんは一ぴきになってしまったニャー太郎(たろう)をだいたまま、新聞を取りに玄関(げんかん)まで出て来ました。何というぐうぜんでしょう。(じゅん)たち四人がちょうど学校の帰りに通りかかったところでした。 「あっ、田宮さんだ!」  目ざとい潤が、子ねこをだいた田宮さんを見つけてすぐに近づいてきました。そして、 「かっわいいー」  と言いながら、少し(こし)をかがめた田宮さんのうでの中にいる、ニャー太郎の頭やあごの周りをなでてやりました。なでながら、 「こっちはニャー太郎だよねぇ」  と、たずねました。 「そうよ、よく分かったわね」 と、答えました。すると、 「ミャ()は?」  と、ゆうた裕太(ゆうた)が、まっすぐに田宮さんの目を見ながらたずねました。田宮さんは口ごもりながら、少しかがめていた腰をまっすぐに()ばして、思い切った様に答えました。 「ミャ夫をはね、交通事故(こうつうじこ)で死んじゃったの」 「交通事故?ほんとなの?」  裕太は田宮さんのエプロンにしがみつかんばかりの(いきお)いで言いました。 「そこのね、駐車場(ちゅうしゃじょう)のすみにたおれていたのよ」  田宮さんは、その時のことを思い出して、少し(なみだ)ぐみました。 「うそだあ、ミャ夫ー! ミャ夫はずっといい子だったから、やっぱり天国に行ったの?」  裕太も涙声になって、田宮さんのエプロンを引っ張(ひっぱ)りながらすがりつきました。  「じゃあ、ぼく、(おが)んどいて上げる」 (さとし)は急にそう言うと、田宮さんが言った駐車場のすみに行ってしゃがみました。そして、小さな両手を合わせて目をつぶったのです。他の三人も、まるでミャ夫がそこに横たわってでもいるかの様に周りを取り囲んでしゃがむと、目をつぶって両手を合わせました。  彩夏(あやか)が言いました。 「彩夏ん()、今度お寺にお参りに行くから、その時住職(じゅうしょく)さんに拝んでもらって上げる」 (ああ、みんな純粋(じゅんすい)にミャ夫が死んだことを、いたんでくれている。何ていい子たちなんだろう。子供たちの心の中には、一片(ひとひら)(やさ)しさがあって、それが無邪気(むじゃき)さに包まれているのだわ)  田宮さんはぐっと(むね)がつまって言葉が出ませんでした。でも、四人がいっしょになって死んだミャ夫の事をしのんでくれて、少しは悲しみが(やわ)らぐ気がしたのです。  ぐうぜん拾ったのらねこをかわいがって育てるうちに、ぐうぜん飛び込んで来た子供たち。子ねこと子供たちに囲まれて過ごした日々は、田宮さんにとって本当にめったに手に入れる事ができないほどの幸運(こううん)でした。それが、ミャ夫の思いもかけない死でとつぜん失われてしまったのです。  これから、子供たちとはだんだん遠ざかって関係が(うす)くなっていくことは、頭では分かっていました。でも、子ねこの死がそれと重なって、つらくて()えられないほどになっていました。けれども、子供たちの心の中に、無邪気さに包まれた一片の思いやりを感じて、置いてきぼりにされたようなさびしさも、少しはいやされたのです。
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