眠りの果てに見たものは

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 サクラはワクチン接種が何回必要かは教えてくれなかった。  投与されるたびに発熱し、ときには吐き気を催すこともあり、それが何度も繰り返されるとは言いづらかったのかもしれない。毎回体調を崩していたが、回を重ねるごとに副反応らしき症状は少なくなっていった。 「ヒビキ、いい知らせよ。ワクチン接種があと一回受けたら終わりですって!」  通算七回目の注射を打たれた後にサクラが報告にやってきた。 「本当か? 次の接種が終わればこの部屋から出られるのか?」 「まだはっきりと言えないけど……これで色んな免疫を獲得できたはずよ」 「今日はサクラのことを色々聞かせてくれないか?」  記憶が曖昧(あいまい)な俺を励ますために、サクラは明るく話しかけてくれる。しかし、プライベートな話は一切聞いていなかった。本当は尋ねたいことが山ほどあるのに。 「もしよければ……いや、嫌なら別に話さなくていいんだ。サクラに答える義務はないし」 「あら、平気よ。ヒビキに私のことをもっと知ってほしいもの」  イスからベッドの縁へ座り直したサクラは俺に自分のことを話しはじめた。  彼女は両親から離れて「医局」の手伝いをしているそうだ。勉強は学校へ行かずほぼ独学。 「あれ、学校って?」  なぜかその単語が引っかかった。学校というものはわかる。俺自身も(かよ)った気がする。 『ヒビキ、明日部活の朝練なしだってよ』 『お前大学は推薦枠とれたのか。うぉ~裏切り者め!』 『ねぇ、ヒビキ。大学は別々だけど、あたしたちずっと一緒だよね?』  頭の中でいろんな声が再生されている。それは、明らかに一度は聞いた言葉。俺の知っている誰かの声。たとえば友だちとか、もっと大切な存在とか――。 「ヒビキ、どうしたの? 疲れた?」 「いや、何でもないよ」  俺はつい誤魔化してしまった。サクラに心配をかけたくない。けれど何かを思い出しかけていた。
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