不倫享楽夫婦

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 クローゼットの中からネクタイを選び出すと、クローゼットミラーに向かい、鏡に映る妻とネクタイを締める自分を交互に見ながらワークフロムビーチに思いを馳せる三島。  そんな夫の背後で青葉は気障だと思い、鏡に映る私の上辺しか見ていないと軽蔑する。  三島が出かけた後、青葉はキッチンに入って流し台に向かい、おやつタイムに使ったコーヒーカップや皿を洗いながら東京五輪組織委員会会長である某氏の女性を蔑視する失言について話し合った時の三島のことを思い浮かべ、矢鱈に某氏を非難していたが、それは海獺の皮で世論に同調しているだけの話で普段、私を下に見ている癖にと思うのだった。それから芥川賞の受賞作品について話し合った時の三島のことを思い浮かべ、矢鱈に受賞作を賞賛していたが、それも受賞作だから良いとのバイアスがかかっているだけの話で色んな解釈が出来るから読む人それぞれ感想が違って来るんじゃないかと言うのも作者の本当に言いたいことが理解できていないからだと思うのだった。しかし、青葉は最近の芥川賞受賞作品は、芥川賞に相応しくないと思っていて作者の言いたいことに価値があるのか、そもそもそこに疑問を抱いている。芥川龍之介は小説の中で一人の人間の生き様を通して通俗性を抉り出して人間全般を批判的に描いている。つまり俗物を風刺している。しかし、最近の受賞作は個人的な悩みしか描いていないんじゃないかとその作品を読んだ訳ではなく、その話の内容についてさえも断片的にしか知らないが、そう思うのだ。これは先入観による見解には違いないが、第一、人生経験がまるで浅い大学生の小娘が芥川賞に相応しい小説を書ける訳がない、俗世に生き、荒波に揉まれ、手垢にまみれながらも俗に染まらず俗物を風刺出来てこそ初めて芥川賞に相応しい作品を書けるんじゃないかと思うから受賞作品自体を読みたくないし、そんな小説を読む為に時間を割くくらいなら芥川龍之介の小説を読んだ方が遥かに有意義だと思っているのだ。価値あるものを・・・そう思うと、青葉は思い出される三島の声が悉くシンクに落ちる水の音のように騒音に思えて来るのだ。  特筆すべきことに彼女はボディラインが男の肉欲をそそり官能に訴える見目麗しき美女で三島より二つ下で25とまだ若いのだが、聡明にしてバツイチで男に対し色々経験して来て諦めの境地に達しているからそう思うのだ。男なんて誰も私のことを理解してくれないとそこまで諦観していて無論、三島もその一人なのだが、長身でルックスが芥川龍之介のように眼光鋭く中高で面長のイケメンで見た目が好尚にばっちり適っているし、先考の莫大な遺産を相続した彼の財産を当てにしたので彼と一緒になった。どうせ男は浮気するという考えの下に自分は美しいものを求める所以から三島の不倫を許す代わりに自分の不倫も三島に許させるという条件付きで。  三島は漁色家でドンファンだから結婚する積もりで青葉と交際し出した訳ではないが、青葉が或る目的を果たす為にくだんの条件を突き付けて迫って来たので、それならいいかと承諾した次第だ。  
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