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死出の朝に…
死出の朝に…①
二人はベッドの上で体を寄せあっていた。
「今日はありがとう。水島…」
「私こそ。無理させちゃって、ゴメンね」
”何言ってんだ。君のおかげでオレは終われる。感謝してるよ、水島さん。元気で”その手”の方も、頑張ってくれ…”
これまたヘンテコな想いを胸にして、程なくすると、ノボルはいつの間にか寝息を立てていた…。
***
翌朝…。
”その目ざめ”は、典型的な二日酔いのパターンだった。
どんよりとした頭痛…、そして胸のむかつき…。
ダメ男人生最後となるであろう朝は、何気に彼らしいとは言えた。
で…、目を開けてすぐ、彼は気づくことになる。
そう…、”彼女”がいなかったのだ…。
ただし、いた形跡は明らかだったから、先にココを出たということは安易に想像がついたが。
「まあ、ダンナには泊りがけでってことだったらしいが、早めに帰ったんだろう。水島…」
ノブオは、彼女が横たわっていたシーツのあたりに視線を落とし、そう語りかけるように囁いた。
正直、目が覚めて彼女がすでに去っていたのは寂しかったが、それ以上に、この期に及んで気持ちを交わせられたという満足感の方が勝っていたのだ。
”さあ、同窓会ではこれ以上ないほど最高の思いができたんだ。潔く決意に従うぞ。…まあ、この二日酔いだし、決行場所は富士山の樹海だとちょっと遠いや。第2候補にしてたT山の雑林で首を括ろう。なにしろ遺書見たらさっさと発見されるような場所じゃないと、皆さんへの返済に充てる保険金が下りるのに手間取っちゃうしな…”
ノブオはすっかり現実モードに戻っていた。
***
この後、ホテルの窓口で清算を済ませたノブオはやや迷ったが、年配らしき従業員の女性に尋ねてみることにした。
「あのう…、同伴の彼女、何時ごろ出たかわかります?」
「えっ❓…女性って…。結局、お連れさん見えなかったんでしょ、お客さん…」
「はあ…❓いや、昨夜は小柄な女性と一緒に…」
「いえ、お一人でしたよ。404号室へは…。カメラで確認してますし」
「❕❕❕…」
「あの…、ここは○○町ですよね?」
「違いますよ。S区○○通りのホテル、モンドレです」
”S区だって⁉…東京のド真ん中じゃないか…。昨日の同窓会、都下だぜ!歩いてここ来れる訳ねーよ。どういうことなんだ…”
ノブオは背筋に寒気を催した。
もっとも、仰天したことは事実だが、彼にはおおよその見当はついていた…。
***
”アハハハ…、結局妄想だわ。霊現象も絡んでるかもしれんが、大体、古澤たちがあんなエロいマネ、同窓会の最中にできるわけねーもん。ましてや、あの水原ユキノがあんな姿晒すなんて、天地ひっくり返ったってあり得ないわ。ふう‥、自殺を控えて、異常な精神状態って言っても、ここまでとはな…”
もう、ノボルのアタマ空っぽになった。
***
”何しろ終わりだ。もう…”
ここまでくると、”絶望”の実感さえ薄れてくる自分が滑稽すぎて、かえって冷静でいられた。
”貧すれば鈍す…、か。ここまで芯に捉えられると、ある種悟りの境地だわ。はは…”
その日の午前9時前…、”目的地”に向かう電車内で彼はついに”一線”を超えたメンタル状態に達していた。
そして午前11時過ぎ…。
T山ふもとの雑林で、”格好”の場所を見つけたノボルは途中で買ったロープを袋からとりだした。
***
”よし…。あそこの幹ならオレの体重で折れることはないだろう。ふん、さっさと決まりをつけてやる!”
半ばやけくそではあったが、ここに来て彼に迷いはなかった。
大きく深呼吸した後、あたりに人気がないことを確かめると、彼はロープを手探りして、投げ縄の距離感を何度か試してみた。
スマホのディスプレイは午前11時52分を表示している。
”どうせなら午後に入る前だ…!”
覚悟は定まった。
彼は縄を握り、目的地点を見上げた…。
と、その時だった…。
スマホの着信音が鳴ったのだ。
悲壮感漂うその場には相ふさわしくない、軽妙なメロディーで…。
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