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 明るい林の中から飛び立った駒鳥は、薄灰色の腹をひらめかせ、しばらく心地よげにはばたいていた。  初夏の日差しはまぶしく、薄衣のような雲が風に流れた。  重なりあう山々は鮮やかな緑色。それは西に向かってしだいに高くなり、最後に、斑に雪を残した武塔(ふとう)山脈の連なりが、ひときわ険しく空に挑んでいる。  駒鳥は、その武塔山脈めざしてまっすぐに飛びさるかに見えたが、やがてためらうように方向を変え、もとの林に舞い戻った。  ブナの木の梢に止まり、小さな首を傾けて地面を見下ろした。  木の根を枕にして、少女がひとり横たわっている。  高い枝葉の間から、林の中の下生えに幾条もの木漏れ日がふりそそいでいた。  光と影が作る緑の濃淡の中で、少女は胸元で両手を組み合わせ、呼吸すら感じさせないほど静かに目を閉じていた。  年の頃は十五六。質素な草木染めの上衣と茜色の裳を身につけ、長い黒髪を二つに分けて結い上げている。色白の顔は端正で、形のいい唇がかすかに引き上がり、不思議な微笑を浮かべているようだった。  駒鳥と少女が同時にまばたきをした。  少女が深く息をはきだすと、駒鳥は我にかえったように一声鳴いて、もう一度空高く飛び立った。  横たわったまま、白久(しらく)は目を見ひらいた。  大きな夢見るような瞳が、まぶしげに細められた。  木の葉の間から見える狭い空に両手を伸ばす。  けれど自分の肉体では飛べるはずもなく、白久は軽いため息をついた。  たった今まで身体を借りていた駒鳥は、もう遠くへ飛び去ってしまっている。  本当の鳥ならば……。  と、白久は考えた。  自由に武塔山脈の向こうまでも飛んで行けるものを。  だが、白久の(たま)は、いつもそこでためらってしまうのだ。  白久はしかたなく身を起こした。  足元の布包みに目を向ける。父への届けものだった。  ぐずぐずしていては夕方まで村に帰れないだろう。父に会うのが嫌さに、つい駒鳥の中に入りこんで空の散歩を楽しんでしまったけれど。  白久は包みを取り、裳の裾を払いながら立ち上がった。  
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