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白久は、龍の鼻ずらに手を伸ばした。ざらつく鱗のひんやりとした感触が、しだいに龍の体温の温かみを伝えてくる。
言うべき言葉がみつからなかった。自分が母だったとしても、同じことをしていたのではないか。
(もう少し、お父さんのことを考えてあげるべきだった。あんなにもろい人だったなんて。かわいそうな久伊。あの人を、ああまでしてしまったのは、わたしだわ)
白久は、ぎくりとした。
母の思考に、言葉以外の不気味な心象があったので。
それは、昨夜見た夢とまったく同じものだった。
(父さんと叔母さんに、何が起きたのか知っているのね)
(亜鳥は〈老〉にすべてを話したわ。〈老〉は狂喜したけど、あなたを自由にしようとはしなかった。亜鳥の目は、〈老〉の欲求をいっそう掻き立ててしまった。もっと多くの紫色の瞳の子をとね。〈老〉にとって、あなたたちの血筋はどうしても必要なの)
(ひどい……)
(久伊は怒った。わたしが去り、あなたが去ったのはみんな〈老〉のせい。彼からわたしたちを取り上げた一門に、あの人は復讐するつもりなの。村に戻って、琵琶を弾きながら命を断った)
白久は、絶句した。
(父さんは──死んでしまったの?)
(死よりも悪いことよ。久伊の霊は琵琶に乗り移って、まだ弾き続けている。幻曲師の呪力をすべて注ぎ込んで。恐ろしい力だわ。琵琶の音を聞いた者は、いずれ狂い死にしてしまうでしょう)
母・龍の心話は淡々としていた。まるで、他人のことでも話しているように。
龍は、そんな白久の思いに気づいたようだ。
(許してちょうだい、白久。私には、自分で思っているほど人間らしさが残っていない。今は、何が起きても、心が揺るがない)
白久は首を振り、叫ぶように言った。
「でも、わたしの所に来てくれたわ。わたしは、いったい、どうすればいいの」
(亜鳥の呪力でも、久伊の力を止めようがなかった。亜鳥に力を貸してあげて、白久。わたしには、あなたを村に送り届けることぐらいしかできないわ。龍の精神の表層には、そんなに長くとどまれないの。わたしは、この龍に寄生した霊にすぎないのだから)
龍は首をさし伸べ、顎を白久のすぐ前に置いた。
「乗れって言っているのよ」
白久は、眼を丸くしている三狼を振り返った。
「いっしょに来て、お願い」
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