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白久は、龍の顔に足をかけ、角の所までよじのぼった。若い木の幹ほどもある角の片方にしがみつき、思ったよりもしなやかな金色のたてがみに、両足を絡ませる。
三狼も白久に倣い、もう一方の角をつかんで座り込んだ。
龍は、なめらかに身をよじらせた。首を高々と上げ、前脚で空を蹴る。
龍のくねった尾が、川面を叩いた。
すさまじい水しぶきが起こり、次の瞬間、龍は上昇した。
風圧で、息もできないほどだった。
必死で角に掴まっているのが精一杯だ。
ふっと身体が楽になり、気がつくと龍は軽々と空を翔んでいた。
白久と三狼が越えてきた原野ははるか下。緑の濃淡に染まっている。
三狼が、はじめてため息まじりの声を上げた。
「わたしは、たった今、ここから落ちても本望だよ、白久さん」
確かに、すばらしい眺めだった。たちまちのうちに原野を横切り、深い山々を下に見て。
いったい、生きている人間の誰がこうやって大地を眺めることができるだろう。鳥の霊に入り込んだ時でも、白久はこんなに高く飛ばせたことはなかった。
「それで」
三狼は、真顔になって白久を見つめた。
「何が起きているんだい?」
そう、龍の飛行に心を奪われている場合ではなかった。
白久は、龍に聞いたことを三狼に語った。
三狼は、悲しげに眉をよせて、
「なんとかして、きみの父さんの霊を鎮めなければな」
「ええ」
(母さんは、自分だけ責めているけど)
白久は、母に語りかけた。
(父さんを捨てたのは、わたしもいっしょよ。わたしが、村を出なければ、こんなことにはならなかった)
(あなたが、村に残って苦しんでいても、いずれは起きたことでしょう)
龍は言った。
(きっかけにすぎなかったのよ。悪いのはすべて私。私は、久伊に一門の影しか見出せなかった。あの人は、呪力者ではない私自身を愛してくれていたというのに)
(母さんは、父さんが好きではなかったの?)
(好きになれたかもしれない。時間さえあれば)
(時間──)
(わたしは、そんな努力すらしなかった。今となっては、もう遅いわ)
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