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村の谷間を見下ろす場所に、亜鳥はぐったりと倒れていた。
白久は駆け寄った。
「叔母さん!」
抱え起こすと、亜鳥は苦しげにまばたきした。
「大丈夫?」
亜鳥は、白久を認めて小さな声を上げた。
「白久!」
白久は、亜鳥にしっかりと抱きついた。
「なぜ──?」
「何が起きたか知っているわ。母さんが教えてくれた」
亜鳥は、眼を見開いた。白久は、自分の心をひらき、叔母にゆだねた。
「姉さん」
亜鳥はつぶやき、すすり泣くようなため息をもらした。
「知らなかったわ。そんなことになっていたなんて」
「叔母さんに手をかすようにって母さんは言ったわ。教えて。わたしは、何をすればいいの?」
「ごめんなさい、白久。お父さんのことを任せてなんて言いながら、わたしはなにもできなかった」
亜鳥は、顔を上げ、村を見下ろした。
「わたしは、ここまで逃げてくるのが精一杯だった。村は、音で満ちているの。聞いただけで、正気を失ってしまう。一門の人間が死に絶えるまで、琵琶は鳴りやむことがないでしょう」
「琵琶を壊せば?」
「それしか方法はないでしょうね。弦を断ち切って、あなたのお父さんの霊をなんとか封じ込めることができれば──」
「わたし、行ってみる」
「わたしも、行くよ」
「お待ちなさい」
亜鳥は、白久と三狼を押し止めた。
「あなたたちでは、とても無理よ。死にに行くようなもの」
「でも、どうすれば」
「白久、わたしと二人ならなんとかなるかもしれない。わたしの中に入り込んで」
「叔母さんの?」
「そうよ。わたしは、持っている呪力を全部集めて音を防いでみるわ。あなたは、わたしの身体を動かして、琵琶の所に行って」
白久は、亜鳥を見つめた。
他の人間の中に入り込んだことなど、これまで一度もなかった。白久の力なら、意のままに人を操ることができるだろうと〈老〉も言っていたものだが。
そんなことをする気にはなれなかった。たとえ誰であっても、その霊の中に、ずかずかと踏み込んで行くなんて、決して許されることではないと思えたから。
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