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 白久は、村の入り口で立ち尽くした。  激しい琵琶の音ばかり想像していたのだ。  しかし村は、水底のように静まりかえっていた。  琵琶の音はもちろん、鳥の声も、風のそよぎすらも聞こえない。  ただ、空気は異様にはりつめていた。  亜鳥の皮膚がちりちりしているのが感じられた。髪の毛は、そそけだつようだった。  頭上に黒い影がさした。  空を振り仰いだ白久は、息を呑んだ。上空に、巨大なものがのたうっている。  一匹だけではなかった。互いにもつれあいながら、幾匹もの龍が首を振り上げ、尾をくねらせ、村を威嚇するかのように乱舞していた。  どの龍も、影そのもののように黒かった。目ばかりが、毒々しい紫色の光りを放っていた。亜鳥の、東雲のように澄んだ瞳の色とはまるでちがう、激しい憎悪をこめて。 「あれは──」 (琵琶の見せる幻よ)  白久の中で亜鳥が答えた。 「幻曲?」  白久はつぶやいた。 「音もないのに」  そして、地面を見てはっとした。土の粒ひとつひとつが、震えるように動いている。  琵琶の調べは、とうに音域を越えているのだ。音にならない音、人の精神をじかに蝕むおぞましい凶器。  亜鳥が力をふりしぼり、呪力を集中しているのがわかった。亜鳥が守ってくれていなければ、白久も正気を保っていられないだろう。村の人々と同じように。  
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