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  龍たちは、白久に体当たりするものの、むなしく身体を通り抜けるばかりだ。恐れることはない。  白久は夷人の笛を吹いた。吹き続けながら、その音にだけ気力を集中した。  夷人の作った魔除けの笛。彼らの若々しい存在そのものが、〈龍〉の呪力にも抵抗できる力を持つのかもしれない。  執拗に襲いかかろうとする龍を無視して、白久は、なんとか歩きつづけた。  〈老〉のいる、高床が見えてきた。  父は、そこで命を断ったのだ。  高床に近付くにつれ、白久が吹く笛の音はしだいに耳障りなものになってきた。どんなに調子をかえて吹いても、出るのは甲高い切れ切れの音ばかり。  手の中で、笛が細かく震えはじめた。身体はまたしても重く、高床の階段を一歩一歩上っていくのが精一杯だった。  それでも白久は戸口にたどりつき、押し開けた。  床の上に、壊れた人形のように投げ出された〈老〉の死体があった。  そして、龍の琵琶の前で息絶えている父の脱け殻が。  笛が、突然きしみを上げ、粉々に砕け散った。  琵琶にほどこされた銀箔の龍は、生あるものさながらに、のたうつかに見えた。双の目に埋め込まれた紫水晶は、外の幻の龍と同様、醜くぎらついていた。  琵琶の弦は、とぎれること無く、震え続けていた。  夷人の笛は壊れ、そして亜鳥の呪力も、もう限界まで来ているようだ。  共鳴した空気が、鋭い刃のように白久を襲った。少し動いただけで、激痛がはしる。  白久は、はっきりと悟っていた。琵琶にとりつき、弾き続けているのは、もう父ではないのだと。  怒りと憎悪に取りつかれた、狂った(たましい)にすぎないのだと。  近づくものすべてを破滅させようと、聞こえぬ音をかきならしている。  耐えきれないほどの耳鳴りが起こり、意識が空白になりかけた。ともすれば、この場から逃れて自分の身体に帰りたい衝動に駆られてしまう。  白久はけんめいに踏みとどまった。  琵琶まで、あと二三歩のところなのだ。  亜鳥の身体を動かすためには、この苦痛を受け入れるしかない。そして、弦を断ち切ることができれば──。  白久は、床に身を躍らせた。  一瞬、痛みで気が遠くなりかけ、我にかえった。  無数の鎌鼬(かまいたち)にでも出会ったようだ。衣が引き裂け、血が吹き出てくるのがわかった。  だが、琵琶は目の前だ。  白久はもう、何も考えなかった。  ただ無我夢中で小刀を握り、琵琶の弦に振り下ろした。  断末魔の悲鳴にも似た音がほとばしった。  音は、白久の内で炸裂し、白久はそのまま奈落へと引き込まれていった。
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