第一話 非常階段の人影

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第一話 非常階段の人影

 雨粒が窓を叩いてボタッ、ボタッとだらしない音をせわしなく鳴らしている。  教壇に立っている世界史教師は第一次世界大戦期の国際情勢について板書された各国の相関図を指さしながら語っていて、それを大層熱心に聞いてノートに記している生徒、集中している様子はないが目だけは黒板に向けている生徒、端から聞く気もなく机の下で読書や携帯電話に興じている生徒など様々いる。  僕は後ろから三列目の窓際の席で、必死にノートをとりこそしないが、教師の話が理解できる程の集中力は持ち合わせてこの授業を受けている。優等生という訳ではないが非行に走ったり堕落したりはしていない。ごく平凡な高校二年生だ。    別に将来行きたい大学や就きたい職業があるわけでもない。きっと今後は三者面談を通して教師が勧めるがまま自分の学力に見合った大学に進んで、今みたいに代わり映えしない四年間を経た後で、それから数十年もの間さらに冴えない社会人になっていくのだろう。現時点で僕が持ち合わせている人生予想はこんなものだ。でも、きっと大半の高校生は僕のようなことを思っているだろうし、そのことで僕が特別な嫌気を覚えたりすることもない。人より秀でたものなど自分には何もないし、何か野望めいたものを持ち合わせていないのも自覚している。子供の頃に憧れたテレビの中で闊歩するヒーローみたいになれっこないのは十六、七年そこそこしか生きていなくても理解できた。そんなことで気に病んだりはしない。  ただ、今日学校が終わって家に帰った時のことを考える。またあのどうしようもない喧騒を聞くことになるのだろうか。  そう思うと憂鬱になり窓の外に目をやった。僕の通っている高校は校舎がロの字型になっており、今居る教室が東側のため西側が見えるようになっている。西側の校舎は視聴覚室や文化部の部室など、普段使用されず放課後からしか使われない教室がほとんどのため、授業が行われているこの時間帯に灯りがついていることは殆どない。それに加え今日は雨で陽光も差していないから一種のもの悲しさを漂わせている。  そうやってぼんやり眺めていると、校舎西側に隣接されている非常階段に一人の人影があった。見るにおおよそ五階あたりの高さだ。授業中の上に雨の中で何故あんな所に。そう思って少し目を凝らしてみる。まだ時間帯は昼過ぎだが、日が差していないせいではっきりと見えない。何だが少しムキになって気持ち窓側に身を寄せて見ようとしたら、 「東野、何してんだ。」というやや怒気のこもった教師の声で制止された。教室に居る生徒が振り返って僕の方を見る。しまった、と思い「すみません。」と教師に反省しているところを見せると、「ったく。」とため息交じりに教師が吐きそのまま授業は続けられた。  また怒られても仕方ないからと思い顔ごと窓の外に向けることはしなかったが、ちらと横目で非常階段を見ると、もうそこに人影はなかった。  
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