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第九話 人形と仮面
自分の部屋のベッドに寝転がって、天井を見つめる。白い壁紙が張られた天井。
CDコンポのスピーカーでOasisの2ndアルバム『(What’s The Story) Morning Glory?』をかけていた。何となく聞き直したい気分だったのだ。
リアム・ギャラガーの声が部屋に流れる中で、僕の脳裏には今日見た二人の人間の瞳が浮かぶ。
涼野美雪の、感情の分からない涼しい瞳。
天野冬子の、自身の夢に対する意思が感じられる瞳。
同じ人間でも、こうも違うものなんだな。
僕は一体どちらに近い目をしているのだろう。
天野冬子と違い、夢も目標もない僕は決して彼女みたいな瞳はしていないだろう。正直、物心がついたころからそういった熱意みたいなものは持ち合わせたことがない。もし、それがあれば今僕が置かれている状況の中でも、少しぐらいはより力強く生きられるだろうか。
天野冬子のたたえる瞳にはごく分かりやすい理由がある。彼女自身が言っていた通り、博物館の学芸員になるというしっかりとした夢があるからだ。
ただ、涼野美雪のあの涼しい瞳の理由、それがさっぱりわからない。
何も表情が全くないという訳ではない。表情豊かな方とは言えないが、今日僕と非常階段で話した時も笑った顔を見ている。
しかし、何というのか、どこか自分の奥底を他人に触れられないようにしている印象はどことなく持った。
確か、ちょうど一年前、だから一年生の梅雨頃に彼女は転校してきたと石田が以前言っていた。僕はそのことを石田に教えてもらうまで知らなかったが、一年生のその時期に転校してくるというのは少し妙な感じがした。まだ高校に入学して間もない時期だというのに。もしかしたら、そのことがあの瞳に関係しているのだろうか。去年石田と涼野美雪は同じクラスだったようだから、もしかしたら石田は何か知っているかもしれない。ただ、石田は僕と涼野美雪が非常階段で会ったことも知らないし、その上で彼女の転校してきた理由を石田にいきなり聞くのはためらわれた。かといって、涼野美雪本人に聞く方がさらに気が引ける。
そんなことを考えているうちに、今日も一階の方から両親の声が聞こえてきた。今回は昨日ほど声量はないが、それでも二人の間の空気が険悪であることは十二分に伝わってくる。僕は以前みたいにヘッドフォンをしてそれが聞こえないようにすることなく、ベッドに寝転がったままぼんやりと聞いていた。
もう、以前みたいに家が落ち着くという感覚は久しいなと思う。かろうじて自分の部屋はあるが、閉じこもっていてもこんな風に喧嘩の声が入ってくるようなら大して意味はない。
無気力に、それを聞く。まるで、糸の切れた操り人形みたいに。
これじゃあまるで、死んでいるのと変わらないじゃないか。
近頃は、学校で石田や他のクラスメイトの前で依然と何ら変わらず接している自分と、家で息をひそめて何もせずに事を荒立てないようにしている自分、このどちらが本当の僕なのだろうと怖さを覚えることがある。また、人によって無意識に仮面を使い分けている自分に気持ち悪さも覚える。この二面性が、今は絶妙なバランスで成り立っているのだろうが、いつ崩れても不思議ではない。もしそうなったら、僕はどうなるのだろう。そして、その時僕はどういう瞳をするのだろう。
今日はそれ程両親の怒声は聞こえていない。普段と比べればだいぶ穏やかな日だと思う。そのおかげで、部屋はリアム・ギャラガーの優しい声で包まれていた。
『She’s Electric』━ 彼女は刺激的だと。
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