第十一話 灰色の沈黙

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 石田の分のコピーを取り終えた僕は、図書室を出てその足で下駄箱のある学校玄関へ向かう。自分の靴箱の前でローファーに履き替えているところに、丁度天野冬子もやって来た。 「東野君、お疲れ。」 「ああ、天野さん。今日はもう帰り?」 「うん。確か、東野君と途中まで帰り道一緒だったよね?」  そうしてこの間と同じように、雨の降る中傘をさして二人で帰り始めた。 「今日石田君、大丈夫だったのかな?」天野が僕に聞いてくる。 「さっき僕に明日学校でノートのコピー渡してくれって頼んできたぐらいだから、多分大丈夫だと思うよ。」 「そう、それならいいんだけど。」少し安心した顔を彼女は浮かべる。  それからは前回一緒に歩いて帰った時と同じように他愛もない会話をしていたのだが、不意に彼女がこんなことを言い出した。 「東野君って、授業中窓の外を見てること多いよね?」どうしてかどこか遠慮がちな目で僕の方を見てくる。 「まあ、席が窓際だからね。どうしてもすぐそうしちゃうっていうか。どうして?」 「いや………」少しの沈黙を置いた後で彼女はこう続けた。 「非常階段に居る女の人を見てるのかなって思って。」  その言葉を聞いて、自分の中で強い動揺を覚えた。どうして彼女が僕と涼野美雪が会っていることを知っているのか。もしそうでなければ、こんなことを言い出したりするはずもない。しかし、何故彼女はそれを目にしたのだろう。様々な疑問が一斉に頭で交差する。 「何で?」この短い一言しか僕は出せなかった。  僕に申し訳なさそうな顔を俯かせながら、天野が答える。 「今日の昼休みにね、美化委員の仕事でゴミ捨て場に行ったの。そこから教室に戻ってる途中で非常階段の方を見たら、上の方で男子と女子が二人で居るのが見えて。はっきりと見えたわけじゃないけど、雰囲気で男子の方は東野君ぽいなって。今日東野君昼休みになったらすぐ教室を出て行ったじゃない。それと、普段もたまに窓の外見てて、今日は四時間目終わりに窓の外見てすぐに出て行ったから。それもあったからもしかしてと思って。」  何も言い返せなかった。別にあそこで涼野美雪と会ったことを隠そうとしていたわけではないが、こうして誰かに知られてしまったのを改めてわかると、何故だか嫌悪感か羞恥心かわからない複雑な感情が奥底から込みあがってきた。  僕の沈黙を彼女は肯定と捉えたのか、彼女は続けて僕に尋ねた。 「もしかして、あれ彼女さんとか?」 「いや違うよ。別にそこまで仲いいってわけでもないし。」自分でも情けないと思う返しをしたなと、言った後に少し後悔した。 「そうなんだ。」彼女のその言葉を最後に、気まずい沈黙が二人の間に流れる。  そうしていると分かれ道に着き、天野の「じゃあ、またね。」という言葉を合図にそこで別れた。  一人になって、自分に問いかける。  何故、天野の方から涼野美雪に関することを聞かれたときに、すぐ答えられなかったのだろう。別に、幽霊の噂が気になって非常階段に行ってみたらたまたま彼女が居た。ただそれだけだ。どうして、ただそれだけのことを言うのを妨げようとする感情が僕の中にあるのか。また、その感情に名前を付けることがどうしてもできなかった。  そんなことをぐるぐると考えていると、雨がやんでいた。晴れ間が差すわけではなく、ただ一時的にやんでいるという感じだ。今朝の梅雨明けが近いといったお天気キャスターの言葉が思い出される。  分厚い灰色の雲が空を覆う。 どこにも行き場がなく、ただそこに溜まり続けるだけ。  何も言葉を発さずに沈黙を守り、無意味にそこに溜まり続けるだけ。    何となく、僕に似ている。そう思った。
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