第十二話 心と体、その矛盾

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 放課後になって、僕と石田は二人でよく行くチェーン店のハンバーガー屋に居た。奢るといった石田の言葉通り、僕は彼にハンバーガーとポテトを御馳走になっていた。 「圭太さ、何か進路とかもう決めたりした?」不意にそんなことを石田に聞かれ、同じことを天野冬子にも聞かれたなと思い出す。 「いいや、まだ全然。彰はもう決めたりしたの?」 「俺もまだそういうの分かんないだよなあ。」店の外の歩道を見ながら、困った顔をして石田が言う。  そこで会話が一区切りついて少しの沈黙が訪れたので、僕の方から昨日の石田の欠席について話を切り出す。 「昨日、彰学校休んでたけど、どうしたの?体調でも壊した?」 「いや、そういう訳じゃないんだが。」石田がためらう顔を見せる。あまり言うのは気が進まないのだろうか。 「まあ、圭太なら別にいいか。」そう言うと彼は少し改まった様子で話し始める。 「うちの母親が少し体悪くしてるんだ。」その言葉でどきりとした。彼の母親には僕もこれまで何度か会ったことがある。石田の様子から、それは決して風邪などの軽いものではなく、少なからず彼のこれまでの日常が変わってしまっていることを理解するのは容易だった。 「お母さん、大丈夫なの?」 「まあ、すぐにどうのこうのという話じゃないんだが。」頭をポリポリと掻きながら石田は続ける。 「少し前から体調を悪くしててな。昨日は手術に立ち会うから病院に行ってたんだ。父親は単身赴任でそうそう簡単に帰ってこれるわけじゃないし。」 「弟とか妹とかは?」石田は下に弟と妹が一人ずついる。確か、それぞれ中学生と小学生くらいだったか。 「今んとこは、俺が代わりに面倒見てやるしかないからなあ。」そう石田がこぼした。  ただ、その顔には悲壮感ではなく、一種の決意めいたものの方が強く表れていた。それを見て、こいつは偉いんだなと思う。 「僕になんかできることがあったらいつでも言ってよ。」 「そう言ってもらえるとありがたいよ。」石田にやさしい笑顔が浮かぶ。  それから店を出て別れる直前に、 「今日は話聞いてくれてありがとうな。何だか少し楽になったわ。」石田が僕に感謝の意を伝える。 「話だったらいつでも聞くから。少しでも役立てたようなら嬉しいよ。」そう言って別れた。  帰り道、石田の決意に満ちた顔が浮かぶ。俺が代わりに面倒を見る。その言葉と共に。  彼は、自分のためではなく他者のために頑張ろうとしている。そういった思いが、今の僕にはない。毎日家へ帰るのとその後の過ごす時間を憂鬱に思い、それをごまかしながら毎日意味もなく生きているだけだ。  石田と天野冬子。二人の瞳が重なる。それぞれの想いは異なったものだが、何かに自分の身を賭そうとしている者だけがあの瞳をすることができる。石田は家族、天野冬子は夢。二人とも、明確な意思をもって今を生きている。  その事実が僕に絶望を覚えさせる。二人と話すときはまるで僕も彼らと同類のように目の前でふるまっているが、そんな自分に嫌気が差す。自分が人間として大変劣っていると二人を思い出すと突きつけられるのだ。敗北に似た劣等感を自分の中で感じる。  そう思いながらも、僕は今日も家の中で息を潜め続けるのだろう。人間としての自信を失いながら。無気力に何もしないまま。  どうして、こんなに差を感じるようになったのか。いつからこんな卑屈な人間になったのか。答えの見つからないどうしようもない感情を宿しながら、僕は嫌いな家に足を向ける。  心と体に、大きな矛盾を感じながら。
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