第十三話 夕焼けと横顔

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第十三話 夕焼けと横顔

 石田から自分の母親が体を壊していると聞かされて一週間ほどが過ぎた。彼の方は母親の見舞いに病院に行ったり、弟と妹の面倒を見たりと何かと忙しいだろうと思い、放課後にどこか遊びに行くよう僕の方から誘うことはしなかった。石田の方からも誘うことがないから、僕の思った通り本当に忙しいのだろう。  天野冬子とは、一緒に帰っている途中で非常階段でのことを聞かれてから、気まずい空気が隣り合った席の間に流れたままだ。全く会話をしないことはないのだが、何となく以前のようには会話が弾まない。あの時以降、天野の方から非常階段と涼野美雪について聞いてこないのがその一因になっているのかもしれない。無論、僕の方からも話すことはないのだが。  家では、相変わらずの状態が続いている。放課後に石田と遊んで時間をつぶす機会がなくなったせいで、ここしばらくは学校が終わるとすぐに家に帰るようになっている。一人だと家で音楽を聴く以外何もすることがないのだと自分の空っぽ具合に気付かされた。かといって、他に何かする心当たりも気力もない。学校に行って家では音楽を聴く、ただそれの繰り返しだ。  授業は今日一日の締めくくりとなる六時間目で、世界史教師の畠山が第一次世界大戦の終結について論じていた。黒板には、各国の複雑な相関図が示されている。  窓の外は、今朝から降り続いていた雨がやんでいた。よどんだ雲は相変わらずだが、雨が降っている様子はない。先週のとある朝に、来週が梅雨明けと言っていたお天気キャスターの一言を思い出す。もしかしたら今日までなのかな、なんて思っていると、晴れた日の眺めは得意じゃないと言った涼野美雪のことが思い出された。もし梅雨が明けたら、彼女は非常階段に行かなくなるんじゃないか、そんなことが頭をよぎる。雨の降る景色が落ち着くと言った彼女が、それを失うと今のような頻度であそこに行く理由はなくなる。そう思うのはごく自然のことだった。  非常階段の方に目を運ぶ。そこには人影はなかった。もしかしたら、今日彼女は来ないのかもしれないなと思ったが、僕は授業終わりに行こうという気分になっていた。  どうせ放課後になってもやることはないし、少しでもあの家に居る時間が少なくて済むのならそれでいい。知らず知らずのうちに、そんな体のいい理由を自分自身で作りながら。
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