第十五話 叶わぬ願い

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 それから幾ばくかの日にちを開けつつ何度か非常階段へ行ったが、涼野美雪が来ることはなかった。そうして、僕は非常階段に近寄らなくなった。どうせ今の状態で行っても彼女は来ないだろうと確信を持ったからだ。授業中に非常階段の方を見ても、彼女らしき人影はあの日以降ない。  授業の合間の休み時間や昼休みに彼女と鉢会うかもしれないと思ったが、僕の在籍する一組の教室は三階で、彼女が居る三組の教室は四階にあるからそういうことはなかった。その気になれば四階に行ってすぐに会うこともできたかもしれないが、僕の中でそれはしてはいけないという恐怖に似た強迫観念があった。彼女が話してくれると言った以上、僕の方から催促するような真似をしてはいけない。そう思ったのだ。  彼女と会わなくなってから、僕は本当に放課後の暇を潰すことができなくなってしまった。石田は母親の看病や弟、妹の世話で忙しくしているし、彼の他に僕の方から気軽に誘って遊びに行くような人も残念ながらいない。どうしようもないので、すぐに家に帰るようになっていた。嫌いなあの家で過ごす時間が、どうやっても増えるようになっていた。憂鬱な食卓、両親の醜い喧騒、あれに向き合う時間が以前よりも嫌悪感を覚えるようになっている。そこにそれ以上害をもたらさないようにじっとしている自分。人間としての弱さ、愚かさを痛感させられる。苦痛が、僕の中で日増しに大きく、おぞましく成長していた。  もう、どうしようもならなくなり始めていた。
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