83人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
帰りのHRが終わって僕と石田は並んで廊下を歩いていた。曲がり角を曲がってその先にある階段を降りようとしたら、丁度階段の前で世界史教師の畠山が僕の知らない一人の女子生徒に向かって説教しているところだった。
こちらからは背中しか見えないが髪は肩に掛かるかぐらいの長さで、ぱっと見制服をだらしなく着崩しているように見える。おおよそ容姿に関する注意だろう。
あまりそれを目に入れないようにして階段を降りると、少し距離が空いたところで石田が、「あいつまだ畠山に怒られてやがる。」と苦笑いを浮かべる。
「石田、あの子のこと知ってるの?」
「ああ、畠山今年三組の担任だから、あいつ今三組なんかな。」
目だけを畠山と女子生徒の方に向けて石田が続ける。
「涼野美雪っていうんだけど、去年の今頃転校してきたんだわ。去年俺畠山が担任で、そのクラスに。その時もああいう風に畠山によく怒られてたけど、相変わらずだねえ。」
「あの子、ヤンキーとか?」
僕が聞くと石田はいや、と笑いながら答えた。
「そういうのじゃないんだけど、何故かよく学校サボってたのよ、あいつ。丸一日とか授業一時間だけとか、色々だけどな。別に体調も悪くなさそうだったのに。誰とも喋らない訳じゃないけど、特別親しくなろうともしない、何か掴みにくい奴だったな。」
人見知りがちな僕と違って社交的な石田がそう言うということは、本当なのだろう。
そんな話をしていると下駄箱に着いて、シューズからローファーに履き替えて玄関へと向かう。外は梅雨の雨が降り続けており、この時期独特のムワッとした湿気が肌を包む。
「早く梅雨明けねえかな。」
そう悪態をついて石田が傘をさす。
「本当にねえ。」
僕も傘をさして石田の後につこうとしたら、
「そういえばこの間面白い噂を聞いたんだけどさ。」
石田が聞いてほしそうな顔を浮かべて振り返る。石田は人と仲良くなるのが上手く、どんな人の輪の中でも溶け込むことができる。そのためか彼は校内の噂話をよく仕入れることがあり、それを僕にこうやって面白おかしく話してくれる。それは僕が石田と出会った中学時代から同じであり、内心すごいなと思いつつ、たまに僕みたいなあまり社交的でない人間とよく二人でつるんでるなと頭をよぎることがあるが、僕も石田と二人で居て気疲れしたりすることがないから馬が合うということなのだろう。
「何?噂って。」
「ほれ、文化部の部室とかある校舎の西側に非常階段あるじゃん。」
それを聞いて僕はさっき見た非常階段の人影を思い出して内心びくっとしたが、平静を装って話を促す。
「ああ、あれね。それがどうしたの?」
「あそこ、出るらしいんだよ」
「出るって、何が?」
「おばけ」
石田が傘を持っていない左手を力なく垂らし、うらめしやのポーズをとる。顔はわざとおばけっぽい表情を浮かべている。
「何かだいぶ昔の話なんだけどさ、雨の降ってる日に女子生徒があそこの非常階段から飛び降り自殺したらしいのよ。それで、未練が残ったまま死んじゃったもんだから雨の日にだけ非常階段に現れるらしいんだわ。」
「ふーん。」
気のない相槌をしたが、石田の話と僕が見た人影が脳裏で重なって、心に嫌な影が蠢く。
「でも、どうしてあんな所で飛び降りたんだろうね。」
「さあね。ま、あくまで噂だしなあ。見たって奴も聞いたことないし。」
そう言った後、石田は「それより何食う?」と僕に聞いてきた。その噂よりも空腹の方が大切なのだろう。
「そうだね。」と僕も興味が移った振りをしたが、心の中では人影の正体が気になっていた。
最初のコメントを投稿しよう!