83人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
いつもより早く家を出たせいで、朝のHRまで少し学校で暇を持て余す羽目になってしまった。教室には今日の日直担当の他に、数人の勉学に熱心な生徒が机に座って参考書を広げて勉強していた。よくやるな、なんて思いつつ自分の席に座りぼーっと外を眺める。
梅雨に入ってから雨が続いている。朝だというので日が照らないせいで教室の天井にある蛍光灯が鈍い光を教室に降らせている。環境がこうだと、自分の憂鬱に拍車がかかる。せめて晴れて朝焼けが見れたりしたらこの気分が晴れたかもしれないのに。
いつまで僕の家はあんな状況が続くのだろう。もうずっとあんなだ。元は父親の不倫から始まったために、石田を含め誰にも言えない。まだ朝早くて普段話す機会のあるクラスメイトも来ていないため、気を紛らわせることもできない。
そんなことを考えていたら、不意に声をかけられた。
「おはよう。今日早いね。」
声のした方に顔を向けると、僕の右隣の席の天野冬子がちょうど教室に入ってきたところのようだ。
「おはよう。」反射的に挨拶を返す。
隣の席だが僕があまり社交的でないこともあり、普段会話することは少ない。天野の方はクラスの中でそんなに目立つ方ではなく、野暮ったい黒縁眼鏡と校則を遵守して裾上げしていないのであろう膝下まであるスカートというその容姿も相まって、おとなしい印象のある女子だ。
「どうしたの?こんな早くに東野君が来ること珍しいよね。」
皴一つない白いハンカチで学校指定鞄に付いた水滴を拭いながら天野が聞いてくる。
「まあ、なんとなくね。天野さんはいつもこの時間に?」
「毎日じゃないよ。私美化委員だから、今日みたいに担当の日はこの時間に来て各教室のゴミとかをゴミ捨て場に持って行ったり、整理とかしなきゃいけないのよ。」
「大変そうだね。」
「そうね。特にこんな雨の日だと。」柔らかい笑みを浮かべて天野が答える。
「頑張って。」
「うん、ありがと。」そう言うと天野は教室から出ていった。
再び話相手がいなくなった僕は窓の外に目を戻した。思い返すと、そんなに長時間ではないが、ああいう風に天野と話したことなかったなと思う。以前に話した記憶があるのは、一月程前の席替えで隣になった際に軽く挨拶を交わした程度だ。ああいう感じに話す子なんだなと思う。
ふと、数日前に石田に聞いた噂話を思い出す。非常階段から飛び降り自殺した女子生徒の幽霊。たしか、雨の日に出るんだったか。この話を聞いて数日は居るかどうか確認していたが最近していないなと思い、以前人影を見たあたりに非常階段の方を見たが、そこには何もなかった。まあ噂話だしな、と石田にこの話を聞いた時に少し動揺した自分を少しおかしく思う。
時間が経つと教室に人も増えてきて、賑やかになってきた。その中に石田が教室に入ってきたのだが、何故かびしょ濡れだった。入り口付近に居た数人の男子生徒たちからからかわれる。
「どうしたんだよ。そんなに濡れて。」
「………途中で傘が壊れたんだよ。」ぶすっとした顔をして石田が言う。
教室の皆がそんな石田を見て笑う。社交的で明るい石田はクラスの人気者だ。
何してんだよ、などとヤジを飛ばされながら石田が僕の席に来る。
「悪い圭太。ジャージあったら貸してくれる?」
びしょ濡れになって髪の毛はペタンコになっている。その上少し不機嫌な顔をしている石田が何だか面白くて僕も噴き出してしまった。
「そんなに笑うなよ。」とわざと怒った調子で言う石田に「ごめんごめん。」と謝りながら、僕はジャージを手渡した。
最初のコメントを投稿しよう!