第六話 邂逅

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 一時間目は現代社会だった。他の教科に比べそこまで内容も難しくないため、正直息抜きの時間みたいな側面がある。それは他の生徒も同じようで、教科書だけを開いてノートをとる者は少ない。現代社会担当の男性教師が物腰柔らかい雰囲気だからというのもあるかもしれないが。  大して集中せずに授業を聞いていると、途中から尊属殺人の話になった。扱われた事件の概要は、母親の介護に体力、精神、金銭的にも疲弊してしまった息子が自分の手で母親を殺してしまったというものだ。その話を聞きながら、昨晩の両親の喧嘩を思い出す。  初めてどんな言葉が二人の間で飛び交っているか聞いたが、あんなに醜いものだったとは。僕のことを考えて離婚しないでくれたらしいが、今のような状況になるくらいならしてくれればよかったのに。何なら、今からでも。怒りなのか恨みなのか呆れなのか分からない感情が両親にある。ただ、その自分の思いを何も言わず、知らないふりをして両親のいるあの家に住み続けている自分に対する嫌悪感もある。  もし自分も思い詰めてしまったら、今教師が話しているように殺人までとはいかなくても両親に暴言や暴力をしてしまうかもしれない。それができたら楽になれるだろうか。ただ、そんな気概は僕にはない。何も事を荒立てないようにあの家に居続ける。まるで、置物のように。 「大丈夫?」  ふと声をかけられた。顔を向けると隣の席の天野が心配そうな顔を浮かべている。 「顔色わるいけど………」  どうやら家のことを考えすぎて思い詰めた顔になっていたのだろう。ただ、それを他人に感じ取られたくなかった。 「ありがとう、大丈夫だよ。」 「そう……」  天野も心配した表情を崩さなかったが、それ以上の追及はやめてくれた。  駄目だ、少し気を紛らわそう。そう思い、窓の外に目を向ける。今の席が窓際のこともあって、最近景色を見る機会が増えた。ただ、梅雨だとそんなによく見えないので気が晴れることも少ない。  向かいの校舎西側が真っ先に目に入る。視聴覚室のあたりに珍しく明かりがついている。おそらく、どこかのクラスか職員会議か何かで使っているのだろう。他の教室は暗いままだ。  何気なく、校舎端の非常階段が目に入る。雨で外が暗いこともあり、少し不気味な雰囲気を漂わせている。石田から聞いた噂話を思い出し、以前人影を見た五階あたりに目を向ける。  今居る教室が三階のため、少し見上げる格好になる。  そこには何も無かった。そりゃ当然だよなと思った次の瞬間、目を向けたそこで何かが現れた。  人だ。今度ははっきり見える。女子生徒が一人、立っている。  僕は今自分の見ているものが信じられなかった。まさか、噂は本当なのか?  視線を自分の机に戻す。以前見た時も見間違いじゃなかったのか?  すると、男性教師が僕を呼ぶ声が聞こえた。 「おい東野。大丈夫か?顔色わるいぞ。」  顔を上げると、教師が教壇から僕の方を心配そうに見ている。それにつられ、他の生徒もこちらを見ている。既視感のある光景だ。  大丈夫ですと言ってこのまま教室に居るのも何だか気まずいし、それに人影の正体を確かめたいという心が僕の中に少し芽生えていた。 「すみません、保健室行っていいですか?」 「ああ、気をつけろよ。」  教師から許可がもらえ教室を出ようと席を立つ。天野が「大丈夫?」と声をかけてくれたが、「うん、ありがとう。」と一言残して僕は教室を後にした。
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