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帰郷する当日の朝、新幹線を待つホームで木下は父親へ連絡を入れた。それは、何度も何度も繰り返し彼が聞いた内容であった。
「沙流はまだ町にいるのか」
いつだって返事はYes.であった。
幼い頃から息子を心配していた両親とは、木下はこまめに連絡を取り合っていた。
それは、再び沙流が自分の目の前に現れるのではないかという不安からであった。同時にそれは、木下の心の中には友人らが待つ故郷へ、家族が待つ家へと帰りたいという願いの表れでもあった。帰ってこいと言うことが安易にできない両親ではあったが、それでも木下の想いは伝わっていたのだろう。
しかし、状況が変わり沙流からの交流が途絶えたことを知った父親は、電話口で嬉しそうにいつでも帰って来いと言うことができたのである。
迎えた帰郷の当日となり、逸る気持ちとは裏腹に木下の腹の奥では長年の古傷が疑念を訴えてはいた。本当にあの場所には沙流はいないのだろうか。
いるなら自分は帰れない。かつて殴られた体の部分が、傷つけられた心の部分がじくじく痛んだ。
新幹線がホームへ到着するほんの少し前に、父親からメールが届いた。その内容を見て、木下は肩の力を抜いた。
「沙流くんはいない。ご家族の方が話したいことがあるそうだ」
沙流の家族が自分に言うこと。それは何だろうか。
ぶわりと風を舞い上がらせて新幹線が停車する。これから自分を故郷へと運んでくれる容れ物へと、木下は足をかけた。
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