木曽馬君

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   ここは精神科病棟。    ボク、木曽馬がこの病院に収容されたのを知ると、妻は取る物も取り敢えずこの病院に駆けつけて、咽び泣きながらボクの状態を医師に幾度も訊ねたらしい。  いま、起きてみて看護師を尻目に、妻に接するとどこか他人行儀に思えた。  たぶん妻も戸惑っているのだろう。  再び看護師が診察を促す。  あぁ、しまった、またもやの失念だ。  ただ、妻も診察のことを忘れていたらしく「あぁ」と小さく呟いた。  診察は精神科では初めてであった。  看護師から昨日、診察の時間を聞いていたのだが疲れていてすぐ眠ってしまったので、どんな医師が診察するのか楽しみにしていた。 柔和な物腰の柔らかい医師かなと、想像を膨らましていた。  的外れ。やせっぽちで癇の強そうな尖った顔をしている。  予想が外れて、柔和な顔の医師が消し飛んでしまった。  「木曽原さん、なんでここにいるか分かりますか?」  「いや…」とボクは言葉を濁した。  「あなたは…」と続けて言う、自分が木曽馬で、サラブレッドになりたいと競馬場のお客さんに訊いて回ったそうじゃないですか、と医師はざっくりと言う。  「はい、ボクはサラブレッドになりたいのです」とボクも返す。  ―なれるわけがありません―  木曽原は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。  「なぜですか?」  「そりゃそうです、あなたは木曽馬じゃない、人間だからです」白衣に5分刈りの精神科医は鼻の頭をぬぐうと、柔和な表情を見せもう一度付け加えた。  「あなたは人間です」  「いや、ボクは木曽馬です」
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