木曽馬君

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   そこで、診察室のドアがキーときしむような金属音を立てて開いた。  「先生、奥さんも診察に立ち会いたいとおっしゃっていますが…」 医師は腕を組み少し考えると、「今日はひとまず旦那さんとお話をさせてください」  「分かりました」と言って、看護師はドアを閉めた。また、きしむような金属音が鳴った。  話が途切れたことを医師が済まなそうに謝る。  そんなに癖のある人間では無いのかもしれない。  「ただ、聞いてください、あなたは木曽馬ではない」  すかさず、木曽馬は取って返す。  「いや、木曽馬です」  「先程見えられたのはあなたの奥さん、人間ですよ、人間と馬が結婚できるわけがないじゃないですか」  「遠野物語には、馬と結ばれた娘の話が書いてありますよ」  「それは伝承でしょ、現実ではない」  「伝承にもリアルがあるかもしれないじゃないですか」  医師は鼻息をフーと吹いた。  「これじゃあ水掛け論だ。もう遠野物語はいいです」  木曽馬は、遠野物語の話が終わったことに少しがっかりした。  「あなたは四つん這いには歩かない、二足歩行だ。ならば馬じゃない」  「二足歩行のタヌキもいます」  「すいません、もういいです…」  医師は意を決した顔で言う。  「あなたの本籍は愛知県名古屋市港区森山グラディア○○○―○○に存在してるんです。そしてあなたには先程の奥さんとお子さんがふたりもおられるんです。7歳の娘さんと、5歳の息子さん。かわいい盛りではないですか。これでもあなたは木曽馬ですか?」  すると、木曽馬の返答を聞く前に医師はすいませんと一言添えてから、診察室と反対のドアに手を掛け開けると、ひとりの男を招き入れた。
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