木曽馬君

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   「診察のお邪魔をしてはと、隣の部屋に控えておりました」とモヒカンをポマードで後ろへなでつけた男が、医師の横に椅子に腰かけた。  医師が早速、茶を淹れた紙コップを、3つ順に出す。  「わたしは刑事の橘というものです。少し訊きたいことがありますので、お時間頂戴してもよろしいでしょうか?」と身体を前のめりにする。重要事項のようだ。  「あなたは(木曽原さん)2カ月前の日曜日、長野県の開田高原にある木曽馬パークに旅行をしていらっしゃる」  木曽馬は刑事の顔を凝視しながら聞いている。  「そして、木曽馬の乗馬コーナーで乗馬の最中に木曽馬を操ってコースを離れて脱走しましたね。その時の木曽馬は未だ見つかっていないんですよ。そしてあなたにも失踪届が出されいるんですよ」  ここで、刑事はワンテンポ置き、さっき医師が淹れてくれた茶を啜ると、「あなたは見つかった、それは良い、実に良い、しかしその木曽馬が見つからなければ、あなたは窃盗罪で起訴されますよ。先方はかなり気が立っています。なんせ、絶滅危惧動物ですからね」  そこで刑事は洟を啜り茶も啜った。そしてカァーと痰も吐いた。  「このままでは容疑者、その次には被告人になりますよ。いいんですか、木曽原さん。女房子供を見捨てて…。先方の態度次第では示談も難しいかもしれないんですよ」  刑事がそこまで言うと、木曽原は目に涙をためて話し始めた。
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