拓磨の章-5

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拓磨の章-5

長崎で被写体の女優や撮影クルーと合流し、 撮影場所へと移動する。 意外だと思ったのは、移動車の中での留理の 様子だった。 スタッフと打ち合わせしながら談笑したり、 女優に話しかけては打ち解ける空気感を作るのが とても上手いのだ。 寡黙で人との交わりをあまり好まないタイプに 見えたが、人は見かけによらないな…。 「コーヒー、いかがですか?」 「ありがとうございます」 カメラバッグのポケットに入っていた ポットから香り高いコーヒーを紙コップに 入れて俺にも差し出してくれる。 「坂本さんて、下のお名前は何ですか?」 「え…、あ、拓磨です」 「拓磨…さん。…そうでしたか」 「え、何か…?」 「いえ。何でもないです」 ふふっと笑う留理の顔はなぜか妖艶だった…。 撮影現場に到着して、まずは外での撮影から スタートした。 建物や街の風景を活かしながら 女優に自然なポーズをつけてもらい、 どんどんシャッターが押されていく。 留理は気軽に話しかけるようなスタイルで 女優をリラックスさせながら撮っていくので 撮影はとてもスムーズに進んでいった。 留理のシャッターを切る速度はとても早く ためらいがない。 それでいて、写真の出来上がりは繊細なタッチで 女優のいろんな表情を引き出していた。 凄いな、この人…。 カメラマンなど掃いて捨てるほどいる中で フリーになって指名が絶えない者は ほんのひと握り、だ。 この若さでしかも女性が それを実現していることの凄さを あらためて思わずにはいられなかった。 室内の撮影はハウススタジオに移動して行われた。 今度は色とりどりの花をバックにして 幻想的な雰囲気の中で撮影が始まり、 留理は女優にかなり接近しながらシャッターを  切り始めた。 耳元で何かを女優に言ってるが、 俺には何を言ってるのかは聞き取れないくらい 小さな声だった。 突如、女優は着ていた服をするすると 脱ぎ始めた。 え…?ヌードありだったのか、この写真集…? よく見ると、留理以外のスタッフのほとんどが 息を飲むような状態になっているのがわかる。 これ…イレギュラーなのか…?? 女優のマネージャーがあわてて 止めに入ろうとすると、 「邪魔すんな!!」と留理に一喝された。 大勢のスタッフがいるはずなのに 物音ひとつしない静寂な空間に まるで留理と被写体の女優だけが存在している、 そんな錯覚さえ起こしそうな張り詰めた空気の中で 花々に囲まれた女優の白い裸体が 怪しい光を放つように見えた。 俺は…ただただ圧倒されていた。 女優が裸であることすら、 もう目には入ってこなかった。 そして俺は、いつの間にか、 その美しい女優ではなく、 気迫のこもる仕事を続ける留理だけを 見つめていた…。
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