純夏の章-7

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純夏の章-7

その日の柿崎文庫茶房は いつもに増して大盛況だった。 先日のバラエティ番組でここが取り上げられ、 アイドル歌手の男の子が体験レポートと称して 書籍やカフェの取材が入ったこともあって、 いつもの客に加えて、 彼のファンの女の子たちの「聖地巡り」が ひっきりなしにあり、大忙しだったのだ。 「だから今日は写真集がよく売れてるんだ〜」 同僚の加藤萌子(かとうもえこ)が もう〜と、声を上げた。 「棚がだいぶん空いたから書庫から 持ってこようか?」と純夏が声をかけると、 「助かる〜。あ、このアイドル写真集ともう一つ これも持ってきてもらえるかなあ?」 と、萌子がもうひとつの写真集を指差した。 「あ…これ…」 それは最近人気が上がってきている モデルを使い、花を風景にした写真集で、 カメラマンは「松本留理」だった。 留理が撮った写真集だ…。 「モデルさんもキレイだけど、花とのコラボが すごくいいって、女性のお客さんがけっこう 買ってくんだよね〜」 そうなんだ…。 昨日留理は家に来た時、 そんな話なんかしてなかった。 …っていうか、留理は仕事の話どころか 自分のことすら、ちっとも話さない。 昔からそういう子だった…。 「純夏?どうした??」 「あ、何でもない。じゃあ書庫に行ってくるね」 「サンキュー」 純夏はカウンター裏にある台車を動かして 奥のエレベーターで地下に降りた。 柿崎文庫茶房の書庫は地下にある。 純夏は扉を開けて壁のスイッチを押し 電気を付けて、台車と共に中に入った。 「パラレルワールドと、フラワーシャワー…と」 は行の棚から写真集の束を台車に下ろす。 「あれ、この写真集…」 よくよく見てみると、留理の写真集の出版元は 拓磨の勤める出版社だった。 うわ…偶然…。 でも、拓磨は写真集担当の部署ではないし、 まだ留理を紹介してもいないから、 偶然出会ったとしても知らない同士だ、きっと。 それにしても、世間は狭いって  こういうことを言うのかも。 純夏は呑気にそんなことを考えていた…。
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