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4話
(何がいけなかったんだろう。お孫さんの名前を聞いたことが、そんなにいけなかったのだろうか……)
美咲はずっと考えていた。客の動きが落ち着き、店長の杉山は増田から留守中の経緯を聞き美咲を控え室に呼ぶ。コーヒーを入れた紙コップをテーブルの美咲と自分の前に置く。
「すみません。私また余計なこと言ったみたいで……」
名前を誉められたことが嬉しくて、つい調子に乗ってしまった。泣きそうになる気持ちを、テーブルの下で手を握りしめてこらえる。
「良かれと思ってしたことも、普通なら何でもないような会話も、不快に思う方もいらっしゃると言うことね。たくさん経験していきましょう。私もまだまだ勉強中だし」
「そんな!店長は立派です。増田さんも三宅さんも対応が上手いし優しくて。私、ここで働けて幸せです」
「ですって、増田さん」
美咲が心配で控え室の入り口を覗いていた増田に杉山は声を張る。
「私も店長のこと尊敬してまーす」
「何も出ないわよ」
微笑む杉山に、美咲は真面目な顔をして聞いた。
「……あの方、また来て下さるでしょうか?」
「そうね、来て下さると良いわね」
その時には少しだけ引いて、お客さまとの距離感を見極めよう。美咲はそう心に決めた。
それからひと月ほどしてその女性は来店した。
「いらっしゃいませ」
美咲はハンガーに吊るした子供服にビニールのカバーを掛けていたが、彼女に笑顔を向けた後に再び作業を続けた。
いつものように全てのコーナーを見て回り、秋物のワンピースとカードをかごに入れた。近くにいた三宅がレジに入ろうとしたが、彼女は手前にいた美咲に声をかけた。
「これ下さる?」
自分に言われると思っていなかった美咲は驚いたが、すぐに微笑み返して返事をした。
「はい!ありがとうございます」
会計をして、袋でよろしいですねと、確認する。この間はすみません……と謝るのも嫌なのかもしれないとそのまま商品を入れた紙袋を渡そうとしたら、彼女から美咲に話しかけた。
「さくら」
「え?」
「さくらって言うの」
このあいだ自分が聞いた孫の名前を教えてくれていることに気づいて、「何ヵ月ですか?」「遠くに住んでいるんですか?」と聞いてみたいことは浮かんだが、頭を振って我慢した。
「さくらちゃん!可愛い名前ですね」
(それでいつも桜色の服を買うのかな?)
彼女を見送り振り返ると、三宅と共に交替の増田が指でオッケーマークを作っている。
少しだけれど気持ちが通じた気がして美咲は嬉しかった。
それから女性は毎月来店し、洋服を買ってくれた。特に個人的な話をすることもない。続けている商品の紹介カードを見て、『美咲のおすすめ』を買う時もあれば、違う人のおすすめを購入する日もある。
半年後、いつもの客が手にしたのは真っ白なワンピース。たっぷりのレースと刺繍が豪華だ。
(お誕生日のお祝いかな、それともお呼ばれのパーティーがあるのかな?)
聞きたい気持ちでむずむずしたが、ぐっとこらえて商品を渡す。見送りに店の出口まで来ると女性は振り返り美咲にお辞儀をした。
「感じが悪いお客さんでごめんなさいね」
「い、いえそんな。私こそすみませんでした……」
急なことで美咲は上手く返せない。精一杯の「また来て下さい」と言う言葉も遮られた。
「もうこのお店には来られないの」
「え?」
「娘のところに行くから」
自分に落ち度があっただろうかと思ったが、違うようで安心した。みんなが言っていたように仲の良くない嫁ではなく、娘さんの子供への贈り物だったのかと胸を撫で下ろす。
「あ、でもチェーン店なので、よかったら近くの店舗で今度はさくらちゃんと一緒に選んで下さいね」
ふっと微笑み彼女は下に向けた左手の上に、立てた右手を上に向ける。
『ありがとう』
手話でお礼を言った彼女は、バス停へと向かった。
振り返って店に入ろうとしたら居合わせたスタッフみんなに『良かったね、おめでとう』と花火を上げるような手話で出迎えられた。
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