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5話(終わり)
美咲は販売店を二年で辞めた。高校から付き合っていた恋人の良弘が大学卒業後に就職した会社の配属が県外に決まり、結婚してついて行ったからだ。店長達とは泣いて別れを惜しんだ。転居先で系列会社を探したが家から遠く通勤に不便で、近くの服屋で働いた。
二年後二人は久しぶりに地元に帰っていた。美咲が妊娠し、里帰り出産をしてしばらく実家で過ごすことにしたのだ。
良弘と美咲は、散歩がてら昔よくデートした公園を歩いていた。日曜と言うこともあり人は多い。
「賑やかだと思ったらフリーマーケットやってる。よしくん、私ベビー服見てくるね」
「走るなよ、でっかい腹で足元見えないんだから。あ、腹がでかいのは前からか」
「もうー」
付き合いが長く言い方に遠慮がないが、自分を思ってくれているのはわかる。今回の里帰りも、帰りが遅く出張の多い良弘が一人になる美咲を案じてのことだ。
食器類、贈答用のタオルを並べ熱心に売り込む人の多い中、スマホから目を離さない女子高生が店番をする小さなブースに美咲は立ち止まった。
以前働いていた店のベビー服が目に入ったからだ。懐かしさに近くで見ると、自分の書いたおすすめカードが添えられている。
「あのこれ……」
美咲に気がついた彼女はちらりと見て、またスマホの画面に目を落とした。
「それ、おばあちゃんの。おばあちゃんって言ってもパパのママのお姉さん。もう死んだけど」
突然のことに胸が大きく鳴る。いや、似たような服の好みの女性はたくさんいるだろう。美咲はそう思おうとした。
「五年前に病気がわかって、三ヶ月ごとに大学病院に通ってたの。バスの時間までお店で見てたら可愛いくて買ったって言ってた。一年くらいしてからは毎月通院になって、独り暮らしで心配だから入院してってうちのおばあちゃんが……」
彼女の話を聞いていた美咲はえっと思い言葉を遮った。
「娘さんは?お孫さんと暮らすんじゃ……」
眉をひそめて美咲を見てくる。
「あ、私その頃そこで働いてたの。よく来るお客さんが買ってくれた服ばかりで、そう言ってた人かなって……」
「じゃあ違う人だよ。おばあちゃん結婚してないもん。大昔恋人がいて妊娠したのに耳が聞こえないから子供を堕ろさせられて別れたんだって」
美咲は驚きに目を見開く。
「学校が近いからママに病院に寄れって言われて、昔話たくさん聞かされたんだ。相手が名家?の後取りでそういう時代だったって言うけど、かわいそうだよね」
(やっぱり、あの人だ!)
その服を買ったのがあの時のお客さんだと確信した。そして生まれなかった子供に着せたくて買っていたんだと。
最後に会った日の「娘のところに行く」それは先に待つ娘に、自分が亡くなったら会うということか。もしかしたら白いドレスは自分の花嫁衣装なのかもしれない……。
良かれと思ってしたことはただの自己満足で、彼女を傷つけていたのだろうか。そう思い美咲の目頭は熱くなり歯噛みする。
(サイズなんか構わずに好きな服を好きなように選んで貰えば良かった……)
「それなら私の勘違いかな……」
ごまかした美咲の言葉に疑いもせず「ふーん」と頷き、そう言えばと何か思い出したようだ。
「最初はお店で子供を持ったことがないのがわかるのが気まずかったんだって。でも店員さんが親切にしてくれて買い物が楽しくて、病院に行く日が待ち遠しくなったって言ってた」
「えっ?」
(そっか、買い物を楽しんでくれてたんだ。娘さんに服を選べて嬉しかったのなら良かった……)
ほっとしている美咲の真ん丸なお腹を見て、彼女は今ここにいる理由を思い出したようだ。
「おばあちゃんの家、売ることになって片付けたらでてきたの。ママが、これ売れたらお小遣いにしていいって言うから今日来たんだ。全部買ってくれたら安くする。もう座ってるの飽きちゃった」
足を投げ出した女子高生の売り値があの女性の思いには安い気がして、美咲は少し上乗せして切りの良い金額を支払った。
「ありがと!お姉さん」
複雑な美咲の心とは逆に満面の笑みを浮かべて帰り支度を始めた。
「あれ、いっぱい買ってるじゃん」
声のする方を見れば、良弘の方も趣味の鉄道模型を買っている。「そっちこそ」と言おうとしたらメールの着信音がして、画面を見た彼が困った顔をしている。
「どうしたの?仕事?」
「いや、親父からなんだけど……」
いつになく歯切れが悪い。
「子供の名前をつけたいって。良いの思いついたらしい……」
候補は幾つかあるのだが、二人は生まれてきた子供の顔を見て決めようと相談していた。
「お義父さん何て?」
「美咲の咲と良弘の良で『咲良』だって」
小さな驚きと共に美咲はその名前を呟いてみる。
「さくら……、咲良ちゃん。可愛いね!」
「ホントに?俺も良いと思うけど、美咲の両親もつけたいだろ?」
「じゃあ次はうちの両親に頼もっか」
「えっ、次?次かぁー」
まだ父親の実感もないのに……と困惑気味だ。
「お仕事頑張ってね、パパさん」
「お、おう、まかしとけ。頑張るぞ」
良弘が美咲のお腹に顔を寄せて囁く。
「早く出ておいで、咲良」
美咲ももう一度声に出してみた。
「咲良」
(桜が満開になったらまた来よう。今度は咲良と三人で)
自分を気づかい普段は照れて繋がない良弘の手のぬくもりを感じながら、美咲は青い空を覆うほどの桜色を思い浮かべていた。
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