親しき者とその配下たちへ

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親しき者とその配下たちへ

 話し声が聞こえる。  誰だろう。手のひらにいつものソファの感触を感じる。私、座ってそのまま眠ってしまったのか。じゃあここは自分の部屋に違いない。けれどまだ目が開かない。 「お前たち、最近ご主人様の前に出る機会がちょっと多すぎやしないか?」  きつく(とが)める言い方だ。 「申し訳ありやせん、旦那」 「ちょっと張り切り過ぎました」  次々に異なる音程の声が聞こえた。 「部屋に知らない人がいる……ど、泥棒?」  私は怖くて動けなかった。でも部屋の主として、確かめなくてはならない。どぎまぎしながらも、薄く目を開いた。 「あれ……黒ニャンコ!?」  その光景に思わず固まってしまった。  部屋の壁を背に、黒猫が威風堂々とした格好で――しかも二本足で――立ち上がっていた。  猫の前には、黒っぽい豆のような物がたくさん並んでいた。あまりにも小さく、私は目を凝らして凝らして、ようやくその正体に気づいた。  右から一列ずつ、ハエ、蚊、アリ、ゴキブリ、ムカデ、ネズミ、ハクビシンたちが縦に並んでいた。その規律正しい整列具合といったら、偉大な王を前にして頭を垂れる臣下たちのようだった(虫が頭を下げるのを見たことがないけれど、私にはそう感じられた)。 「いま一度、お前たちがこの部屋にいる意味を復唱してみるんだ。さあ声に出して、役割を言ってみたまえ」  黒猫は肉球の付いた手で、先頭にいるハエを指差した。 「まずは『飛ぶ者』の一族から」 「へ、へい!」  緊張したハエが、手をこすりながら答えた。 「あっしらは、特に匂いに敏感な民です。んだもんで、ご主人さまが口にする食べ物の毒味役を(おお)せつかった。だから怪しい食べ物があったら、そこに止まって警告するんでさ。『そいつは腐ってますよ。バイキンだらけの食べ物なんです』ってね!」 「よく理解しているではないか。では次。『刺す者』はどうだ?」  細身の蚊が機敏に進み出た。頭を垂れ、はっきりとした言葉で述べる。 「われわれの誇りは、祖先から受け継いだこの鋭い口針(くちばり)です。ご主人さまの血を少々頂き、体の中で『目に見えない者たち』の検査を行います。そこに怪しい輩がいるようであれば、すぐに『親しき者』であるあなた様に報告するのが役目でございます」 「うむ。よく心得ている」  黒猫は満足げだった。 「別の者、続けよ」  猫の前に集まった者たちは、次々と自らの役割を述べていく。そのどれもが私にとって、おとぎ話のような話だった。  アリは自分たちを『群れる者』と言い、誇らしげに敬礼して見せた。私の部屋を守る為、いつも隊列を組んで行進するのが誇りらしい。  私の最大のライバル、ゴキブリにすら『掃く者』という立派な名前があった。彼らには古い食べ物を腐らせないよう、掃除する役目があるという。  ネズミはものすごい連携プレイの持ち主だった。『嗅ぐ者』たちは毎夜、近所の食料品店を徘徊し、新鮮な食材を仕入れた店を調べるのを仕事にしていた。  持ち寄った情報は『羽ばたく者』であるスズメたちに伝えられる。すると小鳥たちは私の家のポストに、その店のチラシを入れてくれるというから驚きだった。  こんな世界が身近にあっただなんて。  このうちには自分しかいないと思っていた。彼氏に裏切られ、下手したらもう一生孤独だと諦めていた。  そんな私が、こんなにたくさんの生き物たちと同居しているんだと、いま気づかされた。  しかも誰もが私を『ご主人さま』と呼び、懸命に尽くしてくれていた。時には主人である私に命を奪われてすら、恨みの言葉もなく……。 「知らなかった。こんなに守られていたんだ」  自然と目から熱いものがあふれ出る。たまった涙が震え、私の頬を伝ってシャツの上にぽとりと落ちた。視界がぼやける。  目を閉じ、再び開いた時には、私の目の景色は嘘のように消えて無くなっていた。あるのはいつもの室内。遊びに来た黒猫が寝そべっていて、大きなあくびをした所だった。  私は『親しき者』の隣りに(ひざまず)き、にべもない黒猫の頭をなでる。 「いつもいてくれて、ありがとう。これからは、彼らとは戦わないようにするわ……なるべくね。そう、あなたから皆に伝えて」 (親しき者へ    おわり)
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