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食事の場に平穏な賑やかさが戻った。
晟の蕗ノ薹の天ぷら押し売り合戦が再開されたのである。食べれる者が少ないだけに、皿にはまだ小高い丘ができていた。
最初の餌食となったのは無論、始点であった小太郎だ。
「さあさ、君公おかわりをどうぞ、あーん」
先と同じ、箸で摘まんだ天ぷらを差し出されるが、一度経験した小太郎である、皆の視線が固唾を吞んでいるのを悟り、二度目はやはりない。
宙に天ぷらを置き去りにしたまま、小太郎は黙々と箱膳のおかずに箸を伸ばした。
「ちぇ、つまらないなぁ」
残念そうに頬を膨らませて晟は、置き去りにされた天ぷらを空になった箱膳の中に置いた。そこはたった今、小太郎の箸がおかずを平らげた場所である。
「我はもう十分だ、と言ったはずだが……」
ちらり、と上目遣いに抗議の声がかかる。が、晟はにっこりと笑みを浮かべ、更に天ぷらを摘まんでは置いて、摘まんでは置いて、と繰り返した。
箱膳の一画に、蕗ノ薹の天ぷらの小さな山が出来上がる。
「だって、みんな食べてくれないから、まだこーんなに余ってるんですよ? 勿体ないじゃないですか」
「そ、それはそうだが……時折、苦みが強く……」
ぼそりと、文句が聞こえてきた。
まるで嫌いな物を前にした童のように。
しかし晟は益々笑みを濃くするばかりで、何か思う節があったのか感慨深げに天井を仰ぎ見た。
その様子を見て笑みを浮かべる者がもう一人。
滅多に心内を表に出さない主の変化に感じるものがあったのだろう。
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