一◇春風駘蕩

13/15
前へ
/48ページ
次へ
 喧騒であるが、やはりそれを見守る主の目は穏やかであった。そしてその様子を見る従者もまた穏やかな目をしていた。 「春に相応しい賑やかさですね、君公」  空になった大皿を床に置き、晟が小太郎の傍へ座る。 「梅の花も咲き始め、間もなく山桜も咲き始めることでしょう。そうしたら、みんなでぱーっと花見酒をしたいですね」 「花見酒か……これまでに想像もしたことなかった」  反感を抱く忍衆のこともあって、季節が巡ろうとも催事など思いつきもしていなかった。それは戦乱の世に身を置いていたからでもあるが、小太郎自身、忍衆と共に酒を交わし、季節の風物を楽しむという概念がなかった。  しかし晟に言われてみると、梅に桃、桜に菜の花、うぐいすの声。澄んだ空の下酒を交わし、こんな風に賑わいを目にするのも良いかもしれない、と思えた。故に、 「風紋堂には、確か普賢象(ふげんぞう)という名の桜があったか……満開になったら、皆で花見酒をやろうか……」 と、未だ続く舌戦に目を細めながらそうぽつりと呟いた。  それを聞いた晟はぱあっと目を輝かせた。彼は大の酒好きである。 「本当ですかっ君公⁉ それなら俺、存分に張り切っちゃいますよ!」  まだ桜が咲くには早いのだが、意気揚々と腕まくりまでしてみせた。 「おやおや、晟坊に酒とは猫に鰹節のようなものですな」  ふと、喧騒に混じって穏やかな声が混ざった。  二人が顔を上げると、大柄な二人が微笑を浮かべて歩み寄ってくる。 「將殿、力殿、このようなところまでどうかされましたか」  少しばかり目を瞬かせた小太郎が訊ねると、二人はもみ合いになっている若者らにすっと目を向け、益々笑みを濃くした。 「いえいえ、冬も終わり杉の花粉が飛び交う季節となってきたので、困っている方はいないかと、順に回っていたところです」 「あまりに賑やかな声が聞こえてきたので覗きに来たのですよ」  続けて話す二人ははてさて、とそれぞれを見回して小太郎に視線を戻した。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加