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「ちょ、放してください、晟殿」
「ねぇねぇ、俺ってお酒飲んじゃいけない感じ⁉ 安心できない状況って何⁉ 俺、お酒大好きなんだけど! 飲んじゃ駄目なの⁉」
「ですからっ、飲んではいいでしょうが飲み過ぎはいけないってことで」
「なんでなんで⁉」
「あーもう、既に飲んだみたいになっているのは気のせいですか⁉」
目の前で繰り広げられた押し問答に、小太郎はすっと気配を消して立ち上がった。せっかくの助け舟を見捨てながら改めて室内を見渡すと、それぞれがわいのわいの騒いでいて、食事の席であったはずがもう宴の間のようになっている。
小太郎は誰にも気付かれずふっと笑みを零して、口布で顔を隠すなり、部屋を後にした。
こうして風魔一党解散から早一ヶ月が過ぎようとしている。
怒涛の冬が終わり、花の便りがひらひらと届き始めている。
隠臥に残る者たちの心にはこれまでにあった緊迫はなく、春眠に心地よさを感じる日々が訪れていた。
しかし――
誰も知らない。
密かに、憎悪の念が膨らんでいることを。
誰も知らない。
密かに、魔の手が差し込んでいることを。
誰も知らず、春の訪れに笑みを零す。
和気藹々とした様子を青空へと見せつける。
今、庭の片隅で、小鳥が踊っている。
転がる、一つの蕗ノ薹の天ぷらを前に、羽をばたつかせ、踊っている。
一羽、二羽、三羽、と次々に――
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