5人が本棚に入れています
本棚に追加
食事の間を先に出た二人は下屋敷にいた。
母屋から南に伸びる渡り廊下の先は、玄間や伊月、颯が居住する下屋敷がある。昔はもっと多くの下僕が住んでいたが、今となっては三人だけの広すぎる屋敷となっている。
その下屋敷の一番日当たりのいい一室。南向きに縁側があるそこで、二人はぼんやりと里を見下ろしていた。
人の気も少ない里は、芽吹いた木々に囲まれながらそよそよと穏やかな風に吹かれている。青い空からは柔らかな日差しが降り注ぎ、里全体を〝平穏〟という言葉に包み込んでいるよう。
一軒の家屋からひょっこりと老忍が顔を出すと、手にした麻袋から米粒かもみ殻かを道端に撒く。そこへ舞い降りた小鳥たちがそれらを啄むのを見て、老忍はにっこりと微笑む。
「のどかですねえ……」
しみじみと颯が呟くと、隣の伊月は足を庭へと投げ出しながら深呼吸した。
「本当よねー、なんか平穏過ぎて眠くなっちゃいそう」
「ふふ、なんですかそれ。伊月は毎日眠そうですけど」
「何よそれ、いつ私が眠そうにしてたのよ。私はいつだって小太郎様のこと考えて、意識覚醒してるんだから!」
頬を膨らませて足をばたつかせる少女に、颯は苦笑を浮かべた。
「そうだよね、伊月はいつもそうだった。僕が初めてここへ来た時も、伊月の説明は最終的にいつも小太郎様の話に繋がってた」
「そ、そうだったかしら……」
「そうだよ。この屋敷はね、って下屋敷のこと教えてくれてるのかと思っていたら、小太郎様が時々顔を出してくれるんだって、食事もここじゃなくて母屋で食べていいって言ってくれたって、ああ見えて優しいんだって。もうそこから小太郎様はね、って延々話が続いてさ」
最初のコメントを投稿しよう!