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颯は円を描きながら舞う雲雀に切なさを感じていた。
遠い、遠い記憶であるが、小さな頃に見た気がする。
隣には父がいて、妹がいて、母がいた。
あの鳥は何かと尋ねたら、父は肩車をして春を報せる訪問者だと教えてくれた。
何もない。田畑とそれを潤す川に恵まれた、小さな小さな村での記憶。
戦禍に呑まれ、火の海と化した今は無き村。
家も、家族も全て失った。
火と血と刃と。
地獄のような光景に、悲しみも通り越した絶望の中で自分の命を諦めていたあの夜。ただただ迫りくる恐怖に震えていた時、彼は現れた。白銀の髪を持つ小さな忍が。
目の前で自分よりも遥かに大きい男を倒し、そして地獄から自分を連れ出してくれた人。
火の海と化した村の、赤い光景の中、彼は襲い掛かる刃から自分を護ってくれた。
武士どころか、忍なんていい話を聞いたことがない。
戦乱に紛れて刀を持つ者は、そこに住まう人の気持ちなど考えもせず、平穏を力ごなしに奪い去る者だと聞いていた。だから父も母も、殿様や武士は皆偽善者だと言っていた。忍なんてのはもっともっと酷く言っていた。陰で暗躍しひっそりと人の命を奪う。人の心など持っていない、まるで鬼の話でもするかのように語っていたのを覚えている。
けれど、自分を助け出してくれた彼はどうであろうか。
口布で表情は隠れてわからず、唯一見て取れる目は冷然と鋭いが、向かい来る狂気に刀を振るい、自分を護ろうとしてくれている。
幼い颯にとっても、想像とは違う忍の姿だった。
そして、自分を護ってくれる小さな背中がかっこよく思えた。
自分もこんな風に強かったなら、家族を護れたのだろうか。
刀を持つ者は悪い人ばかりではない、こうして誰かを護る為に刀を持つ人もいるのだと、幼いながらに実感を得ていた。
戦禍に呑まれ、家族と春の来訪者を見上げることはもう叶わない。
けれど今こうして、新たな気持ちで雲雀を見上げている。
いろいろな感情が心に渦巻いて、颯は一筋、涙を流した。
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