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そう言って伊月は立ち上がった。
どこか怒っているような、不機嫌そうな横顔を颯は見上げた。
「ま、待ってよ、どういうこと⁉ 僕、なんか変なこと言っちゃった⁉」
「……ごめん、今はもう颯と話したくない」
答えのない、投げ捨てるような返事に颯はただ呆然と去り行く背中を見送ることしかできなかった。
雲雀のいた空に、薄雲が流れ込む──
◆ ◆ ◆ ◆
「足の踏み込みが甘い! それでは距離も手に掛かる力もまったく違ってくる、もう一度最初からやり直し!」
空に声が響いた。木々で羽休めをしていた小鳥すらも、慄いて飛び立ってしまう程の厳格な声だ。
冷厳とした目は、じっと一人の一挙一動を見張っている。
優しく日差しが注ぐ、辰の刻。
喧騒の渦巻く食事の間は、一人の『うるさい!』の一喝にて幕を閉じた。苛立ちを露にした表情に、誰もが動きを止め謝罪を呟いた。
それから、苛立ちを発散するが如く彼は、ここ風紋堂の裏庭で厳然と叫び続けていた。
鋭い視線を受けているのは猪助だ。雉捕りの際に宣言された稽古が実行され、猪助は泣きそうになりながらも汗を流し励んでいた。
傍らから号令がかかる度に大声で返事をし、幾度も幾度も、巻藁の的に向かって棒手裏剣を打つ。
巻藁に張られた霞的には五本の棒手裏剣が刺さっている。しかしどれも中心から離れていて、更に的の周囲にはそれ以上の棒手裏剣が散乱していた。
「猪助、標的をよく見据えろ! 棒手裏剣の切先の方向だけではない、打つ時の指先、腕の振るいにまできちんと気を集中しろ!」
「は、はいっ」
びゅっ、と音がして細き刃が空を切る。しかし音がいいだけで、的の方から聞こえるのは地を穿つ鈍い音ばかりだ。
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