二◇形勢一変

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 食事の間から戻った玄間は竈へと行き、お湯の入った深鍋を持って裏口から外へ出た。そうして裏庭で雉の羽根剥ぎをした。 「その、羽根剥ぎをした後はすぐ厨に入ったのか?」 「いえ、そのまま雉を捌いておりましたので、しばらくは外に」  それを聞いた魁の目ははっと瞬いた。 「じゃあ、その間に誰かが厨に忍び込んでざるを置いたってことか……」  雉一羽捌くのにも手間は存分にかかる。血抜きをした雉をお湯に浸して、それから羽根を一枚一枚抜いていく。それから皮だけになった雉の抜けきれない羽毛を火で炙る。そこから各部位ごとに包丁を入れ捌いていく。  厨を城のように扱い、食事を提供することを誇りに思っている玄間ならば、食材一つ一つへの愛情も深い。雉一羽に対しても命の感謝を忘れず、丁寧な扱いをするだろう。その分、集中して作業に取り掛かっているはずだ。  そんな玄間の行動をわかった上で、何者かが本当の蕗ノ薹のざるをわざわざ元に戻した。それも一同が食事をしている間に。 「なあ、爺さん。雉を捌いてから厨に戻ったんだよな? そんときにはもう、ざるは置いてあったんだよな?」 「それが……」  躊躇いを見せるように玄間の表情が曇る。俯き加減に目線が落ちると、皺を刻んだ両の手が拳を握った。 「雉を捌くことに集中し過ぎまして、全てを完了したと顔を上げましたところ……腹が減りましてな」 「あ、え……うん」  的をずれた返答に困惑しながらも、魁はその中から僅かな情報でも得ようと耳を傾け続けた。 「腰巾着に握り飯を入れて置いたので、捌いた雉の横で朝餉を頂いたのですよ」 「お、おう……それで?」 「食堂の間から賑やかな声が聞こえ、山からはうぐいすの声が軽やかに聞こえ、空からの陽射しは暖かく……今年は穏やかな春を迎えられたのう、と惚けていました」 「…………で?」 「それで握り飯を片手にうとうとと舟を漕いでいたらしく……はっと現実に戻ったのは、雪丸様が倒れたと野城様に声を掛けられたときでした。なので厨に戻ったのが、雉を捌いてからどれほど経った後のことなのか、生憎見当も…………面目ございません」
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