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きらきらと木々の隙間を縫って朝日が光を降り注ぐ。夜闇で冷えた空気にほわほわと温もりを与えてくれる。
どこからかこだましてくる鳥のさえずりが優しさを感じさせてくれる。風は春の匂いを乗せてふわりと吹き抜けていく。
そこに雪はない。足柄山にもひと足遅く春が訪れていた。
そんな山中に、穏やかさには程遠い声が響く。
「よっしゃあ! そっちに行ったぜ犬っころ!」
「犬っころ呼ぶな! 任せてください!」
「絶対捕まえろよ犬っころ!」
「んもうっ、犬っころ呼ぶな! 捕まえてみせますよ!」
一つ唸って叫んだ少年の手には苦無が握り締められ、身を低くして一点を見据えている。表情は真剣そのもの。
視線が見つめる先には、鬱蒼と生えた杉林。
冬を堪えた幹は太く逞しく、春の訪れを喜ぶかのように杉の香りを林中に広げている。
乱雑に視界を埋める幹の間、遠く向こうから、少年を唸らせた主がこちらに熱い視線を寄越している。
しかし少年は、じっと下方へ目線を集中していた。
湿った枯葉や、枝木が散らばる地面。姿は見えぬが、それを踏むかしゃくしゃと水気を含んだ足音が耳に届く。
「…………来る!」
少年はぐっと足を踏み込み、右手の苦無を顔の脇に構えた。
かしゃ、かさ……かしゃかしゃ、くしゃり。
「そこだあ!」
一本の杉の根元。ぬっと現れた陰に向かって、少年は声を上げて右手を振るった。
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