一◇春風駘蕩

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 手を離れた苦無は鋭い切先で空を切りながら陰へと一直線に駆けた。そして軽やかな音と共に止まった。 「やばっ……」  少年がみるみる表情を強ばらせる中で、ばさばさと激しい音を立て陰が宙を舞う。  苦無のその鋭い切先は、杉の根元にしっかり突き刺さっていた。  即ち、逃がした。 「何やってんだ犬っころ!」  一部始終を見ていた向こうから非難が飛んでくる。 「す、すみません!」  慌てて陰の去った方へ駆け出すと、その先で甲高い悲鳴が聞こえてきた。  そそり立つ杉の間を抜けていくと、佇む青年の姿があった。手には少年が捕り逃がした獲物の足が握られている。  ぶらりと地面に垂れ下がる細い首には、苦無よりも面積の狭い棒手裏剣が貫通している。しかもたったの一本。辺りを見回しても苦無も棒手裏剣もない。たったの一振で仕留めた。 「狛! 捕まえたんですね!」  声を掛けると、無表情な顔がこちらを見た、が。 「さすがです!」 と、賞賛の声をもう一声掛けると、彼の背後でゆさゆさと白い尾が揺れた。まるで犬が喜びを表すかのように。表情とは裏腹、素直じゃない。  ふふ、と思わず少年は口元を緩めた。と、そこへ。 「ったく、お前来なくても良かったんじゃねえか?」  呆れた溜息と共にもう一人の青年がこちらへと歩みを寄せ、じとりと少年を睨んだ。
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