UFOキャッチャー

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 高校生のケンイチは近頃、「UFOキャッチャー・アース」にハマっている。ここ数ヶ月、これが置いてあるゲームセンターに通い詰めているのだ。  このゲームは、ある巨大IT企業の中の開発部門で作られた。地球上の空間を対象としたゲームである。特注の巨大なドローン様の飛行体に2本爪のアームが付いている。このアームを使って地球の空を飛ぶUFOを掴まえるのがこのゲームだ。  このドローンを背後から見る形で操作できるようになっている。高さは開始位置が100メートルから100キロメートル、奥行きは前方100メートルが開始位置で10キロメートル先までの範囲で移動できる。  ドローンの背後からの視点のカメラは一応少しだけズームしてオートフォーカスが働く。しかし目標物が遠く離れていると、よほどうまく目標物の近くへドローンを誘導できなければ、「ソレ」が何であるかを確認できない。その代わり射程圏(高低差奥行きそれぞれ300メートル以内と言われている)に目標物を捉えるとドローン自身が位置修正して積極的に目標物を掴まえようとしてくれる。その時は、場合によっては「捕獲用ビーム」を発射する。この捕獲用ビームは「対象物の動きをしばらく阻害する」という説明があるけれど、詳しくどのようなモノかは書かれていないし、ビームの照射は一発だけで、発射時に照準が出てプレイヤーが自分で発射ボタンを押さなければならない。その一発がハズレれれば終わりである。  もちろんこのゲーム、飛んでいるモノなら何でも捕えられるわけではない。対象はUFO、未確認飛行物体だけである。 「ケンイチ。またアレやりにいくのかよ」  高校の同級生、ヤスノリが微笑しながら声を掛けてきた。ヤスノリの微笑には呆れた嘲りのようなモノが多少含まれて見えた。ケンイチは一瞬ヤスノリのそういう意地の悪さを感じたが、そんなことはどうでもいいことだった。 「うん。だんだんコツが掴めてきたんだ」 「へえ。なんかいいもの、とれたのかよ?あのゲーム、ろくな噂、聞かないじゃん。99.9%、何も取れないとか。目標を見つけてアームをそばに移動させても、実際には2,3キロ圏内にドローンを近づけるのがやっとだとか、聞くけど。簡単に近づいて取れるのは、地上近く飛んでるコンビニ袋とかゴム風船とか、ゴミばっかりだって言うし」 「……うぅん。まぁね」 「コツが掴めて来たっていうのに、おまえもそれ以上のモノは取れたことが無いのか?それじゃほんと、金の無駄じゃんか」 「いいんだよ。放っておいてくれよ。俺が好きでやってるんだから」 「それはそうだけど。……実はサ、今日、女の子3人と学校の帰りにちょっと遊びに行こうってことになって、男も3人必要なんだけど、それにおまえも入らないかと思って」  ケンイチはそう言われてわずかに心が動いた。ゲームには確かにハマっているが、女の子と遊ぶ話は魅力がある。それにヤスノリは、評判も悪くない男だから、こういう時に約束を取り付けた相手の女の子には、何かしら取り柄のある魅力的な女の子たちだろうと思える実績があった。  ケンイチは、どうするか考えて見た。 「1日くらいゲームをしなくたって、いいだろ?」  ヤスノリは実に当然の説得力のあることばを言った。 「だったら、あのゲームセンターに行こう。交通費は俺が出すから」 「そこまでして、ゲームとデートを両立させたいのかよ。分かったよ、ならそうしよう」  ケンイチの通うゲームセンターはかなり遠くにあった。「UFOキャッチャー・アース」は、ゲームの性質上その「筐体」が異常に大きくて、人けの無い町外れのような場所にしか置かれていなかった。その代わり、ゲームセンター自体のサービスはかなりよかった。軽い飲み物はただだったし、入場すれば帰りのバスは無料チケットがもらえた。それでも、やはり場所が遠いと客の入は少なめだった。 「こんな所にゲームセンターがあるんだね」 「あたし、ゲームセンター自体、入るの初めてかも」  物珍しさが手伝って女の子たちの最初の受けは割とよかった。もっとも、女の子たちはヤスノリの知り合いだけあって皆性格がよく、もしこのデートが気に入らなかったとしても、不満をいきなり口にするような娘たちではなかった。  男女3人のデートだったが、ヤスノリは最初から中の1人に興味があって、もう一人の男子もそうそうに1人の女子と打ち解けたようだった。残るケンイチは、積極的に選んだわけではない相手の女の子だったけれど、素直で優しい話しぶりと黒目がちな目であまり声を出さずに、それどころか口を閉じてすぼめて笑うサトミという女の子を見て悪くないと思っていた。  始めは皆固まって移動してゲームをしていたが、そのうちにそれぞれペアで別れて行動した。ケンイチはあまりこういうのは慣れていなくて、ちょっとドギマギしながら、「男らしい」って言うものを見せたほうがいいか、つまり自分がリードして歩いたほうがいいかと気が急いたけれど、慣れないことは上手くいかないと考え直し、「ふつうに振る舞おう」と決めて、必要以外はあまり話さず冗舌というわけにはいかないのも「これが自分」と思って歩いた。それでも、このゲームセンターに日参しているだけに、どのゲームもケンイチはよく知っていたから、二人で楽しめそうなものをチョイスして、ことばは少なくても十分通じ合えるだけの彼なりに合格のもてなしが出来た。  しばらくゲームをして、ケンイチは、 「ああ。喉渇いてない?何か飲もうか」  急に大事な要件でも思い出したようにサトミに言った。サトミはこの時も声は出さずに、微笑みをたたえながらも口をすぼめていた。  飲み物を飲んで、ひと休みし、またケンイチはゲームを始めた。今度はついにお目当ての「UFOキャッチャー・アース」の所へ来た。この手のゲームは、本当なら何か景品を取って女の子にプレゼントしたいところだが、このゲームに限ってはそれは全く期待できなかった。「ゴム風船でも掴めれば、マシか」とケンイチは思った。  このUFOキャッチャー・アースは、操作盤は一般的なクレーンゲームとほぼ同じだが、前方に大きな液晶モニターがあり、そこにドローン後方からカメラで捉えた画像が映し出されている。そこがどこなのかはとてもわかりにくい。ただ、「このゲームセンターの外に広がる空間」であることは間違いない。  ケンイチはミサトに操作方法を教えながら1度プレーをして見せた。やはり何も取れなかった。見つけた「UFO」に対して見当を付けてドローンを飛ばしたが、最終的に数キロも離れていたようであった。 「キミもやってみれば」  ケンイチはそう言った。 「いつも『キミ』なんていうの?」 「あぁ、いやあ。なんて呼べばいいか分からなかったから」 「ミサトでいいよ。ケンイチくん」  ケンイチは、そう言われて自分が彼女を『ミサト』と呼ぶのを想像して、顔に熱が上るのを感じて一人で照れて頭を掻いた。ケンイチのそういう姿をミサトはやっぱり、口をすぼめて微笑みながら見ていた。この時は彼女も少し顔に血が上っているようで、頬がピンク色になった。 「UFOキャッチャー・アース」の画面に見入りながら、ケンイチはなにか「いいUFO」が映らないかとドローンのカメラをグリグリと動かして探した。 「あっ!」  ケンイチとミサトは同時に声を上げた。ドローンの探索画面に、一際輝くかなり大きなUFOが映し出されたのだ。操作しているのは、ミサトだった。 「ミサトちゃん、まず追尾カメラをロックして。それからこれは……高度は低いな1200メートルほどじゃないかな……前方300メートルって言うところかな」  ケンイチとミサトがいるところへ、ヤスノリペアともう1組と4人がやって来た。 「やってるな、ケンイチ……なんか取れたか?」  ヤスノリの声には、「どうせ」という響きがあった。ケンイチは、収穫が今のところ無しだというのを少し癪に思いながら、苦笑いしたが、ミサトも楽しんでいるから、それでいいのだと思っていた。だがそこで、 「ヒャア!なにこれ、どうするのこれ、ケンイチ!」  ミサトがゲームの操作盤を覆い被さるようにしながらケンイチを呼んだ。 「うわぁ!」  ケンイチたちが見ているドローンのモニターには、皿を二つ抱き合わせにしたような形の銀色に光る物体が映し出されていた。ソレを見たケンイチは、 「捕獲ビームボタンを押して!。アームで掴むんだ!」  ミサトは云われたとおりに冷静に操作盤を動かした。彼女は捕獲ビームを見事UFOに命中させた。銀色の光る物体がUFOキャッチャー・アースのドローンにむんずと掴まれている姿がモニターに大きく映し出された。ケンイチたちは何かわけの分からないような声を上げて互いに手を繋いで飛び跳ねた。しばらくして、店が揺れ始め、ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような響きが伝わってきた。そして、店の外から、ゴゴォーンと何かが地面に降りる音がした。この時、店中が、何事が起きたかと注目していた。  みんなは外に出た。店の裏手の広場に、「何か」がドローンのアームに掴まれて着地していた。ドローンがアームを広げて銀色の物体を解放した。 「つ、ついに本物のUFO掴まえた!」  ケンイチが叫んだ。  するとそのUFOの上部ハッチが開き、これまた銀色の体にフィットした服を着た中年男性らしき人が出て来たかと思うと、サッサとケンイチたちの方へ歩いてきた。その姿は、服は派手だがふつうの人間にしか見えなかった。 「おとうさん!」  ミサトが小声でそう言った。ケンイチも周りの人もそれには驚いた。 「いや。ミサト、おまえが地球人とデートすると聞いて、様子を見に来たんじゃが、どうも近寄りすぎた。なにか変な物体にビームを浴びせられて掴まれて、ここへ着陸させられてしもぅたんじゃ」  ミサトの父親はそう言いながらミサト同様に口をすぼめて苦笑いし、すぼめた口から細い真っ赤な舌をペロッと出して照れて見せた。
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