終わりはあっけなく

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終わりはあっけなく

 彼女が入ってきた瞬間、違和感を感じた。  ――何故黒いコート?  二月と言えど、もう下旬。真冬程の寒さはないし、曇りだと言ってもコートを着込めば暑いくらいの気温だ。  だが彼女は少しも暑そうな素振りを見せず、爽やかな笑顔をこちらに向けた。 「あ、おはようございます」 「……ああ、おはよう」  挨拶だけやり取りして、彼女はさっさとカウンター席に座った。  だがコートは脱がず、着たままだった。  更に彼女は言うのだ。 「今日はコーヒーだけお願い。その代わり、うんとおいしいのを、ね」 「……はいよ」  朝ごはんを食べてきたのだろうか。それとも急いでいるのだろうか。  もちろんそんなことを聞くことなんてできなかった。  時計が十時半を指したころ、彼女は立ちあがって店を出て行ってしまったのだ。「じゃあね、お二人さん」といつも言わないような言葉まで残して。 「一体、なんだったんだ?」  俺の呟きにマスターは、ふう、とため息を吐き、言った。 「あいつのことは忘れろ」  それだけを言い残して、彼は黙り込んだ。  それが、彼女とも、マスターとも最後の会話となった。  翌週、俺は例の喫茶店の前で立ちすくんでいた。  店の扉には『突然ですが店をたたむことになりました』と書かれた張り紙がされていたのだ。  窓から店の中を覗いてみると、確かに椅子やテーブルもすっかり片付けられている。 「急だな」  そのまま帰るのも忍びない、と駅地下の万人受けするようなカフェに入った。だが本を読むには、テーブルが少し汚いように見えてやめた。  結局スマホを手に取り、適当にニュースや天気予報を見る。  だがふと、目についたものがあった。  ――作家殺しの犯人逮捕。  まだデビューしたての売れない、作家先生が部屋で殺されているのを発見されたという。図書館みたいな部屋で、最後に飲んだのが睡眠薬入りのコーヒーだったらしい。 「物騒な世の中だな……」  言いつつスマホをしまった。頼んだコーヒーはとっくに空になっていた。  カップをゴミ箱に捨て入れ、俺はさっさと店を後にする。  今日もまた、太陽は顔を見せない。
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