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苺スケバンと餃子ヤンキー
「おうおうおうおう、てめーよー。栃木で宿敵福岡の苺、あまおうを食うとか舐めてんのか!?苺はスカイベリーかとちおとめに決まってんだろ!?」
苺スケバンは、種を飛ばしながら、福岡から転校してきた博多美人の優等生に絡んでいる。
「ご、ごめんなさい…」
博多美人の優等生は、お弁当のデザートのあまおうの苺を食べずにデザートの入れ物に蓋をした。すると、近くの席にいた餃子ヤンキーが苺スケバンにメンチを切った。
「美人いじめとかやること汚ねーな。スケバンの風上にもおけない。テメーの顔が種でブツブツだからってお肌スベスベの可愛い子いじめんじゃねーよ。ニンニク食わすぞ、コラ!」
餃子ヤンキーは、頭の上の閉じられた皮から器用にニンニクのみじん切りだけを取り出して、苺スケバンの鼻先に持っていく。
「臭いんだよ!この悪臭野郎が!」
苺スケバンは頭の緑のへたをくるくる回して、餃子ヤンキー自慢の皮で出来たフリルリーゼントを草刈り機の要領で削っていく。
「止めろ~。俺の大切な髪が~。戦意喪失して浜松に餃子ランキングで負ける~」
苺スケバンはニヤニヤ笑って、
「今年も浜松に負けた宇都宮のヘタレ餃子!」
餃子ヤンキーの急所をついた。餃子ヤンキーはフリルの皮を削られ肉まんのような髪型に。
「うるせー!苺収穫量ランキングで1位になったからって調子に乗りやがって、覚えてろ」
泣きながら餃子ヤンキーは教室を出ていき、自転車置き場でカマキリハンドルの自転車に座って煙草をふかしていた。
そこに体育教師で生活指導担当のかんぴょう先生がやってきた。
「コラ、餃子!煙草なんぞ吸って!中学生がダメだろ!」
餃子ヤンキーはかんぴょう先生を舐めきって、
「だいじだって。先生も一服すっぺ」
先生にメンソールの煙草を一本取って渡す。だいじだとは大丈夫だという意味である。
「ハァーうめえな。最近は職員室も禁煙でよ、いじやけるわ」
かんぴょう先生は、茶色い煮汁と一緒に愚痴を垂れ流す。ちなみにいじやけるとは、イライラする、腹が立つなどの意味合いで使われる。
そう、賢明な読者はお気づきだろう。栃木弁は翻訳しないと伝わらないのである。かんぴょう先生は餃子ヤンキーと一緒に自転車置き場でサボりを決め込んでいる。
餃子ヤンキーと苺スケバンは同じクラス。二人は犬猿の仲で、いつも喧嘩ばかりしている。そんな二人の仲に変化が現れたのは、2月14日のバレンタインデー。
苺スケバンは、本命チョコレートをクラス一の人気者の那須与一君に渡そうとしたのだが…。
「僕、グレてる人は嫌いだから」
その一言とともにチョコレートは突き返された。苺スケバンは那須与一君を、体育館の裏に呼び出してシメるのかと思いきや…。
大粒の涙を溢して、ペチャンコに潰した学生カバンを持って教室を走り去ってしまう。
「らしくねーなー。那須与一、あれは確実に凶器取りに行ったな。お前逃げないと殺されるんじゃね?」
餃子ヤンキーが那須与一を冷やかすと、
「別に、矢で迎え撃ちますよ」
那須与一君は余裕綽々。餃子ヤンキーは、
「ああ、勉強だりぃ。俺もフケるわ」
チューインガムを噛みながら、早退してしまった。
自転車置き場でシクシク泣き崩れている苺スケバンを餃子ヤンキーが見つけてからかう。
「やーい!やーい!フラれてやんの、ざまぁ」
餃子ヤンキーは苺スケバンがまた喧嘩を売ってくるはずだと警戒して、自慢の髪型、餃子のフリルみたいな皮をガードするために、フルフェイスのヘルメットを被る。しかし、無反応で苺スケバンは泣き続けている。
「おいおい、お前らしくねーぜ。那須与一なんて気障な奴、他の女にくれてやれよ、熨斗つけてさ。あいつから弓を取ったら何の取り柄もねーじゃん?」
「うるさい!B級グルメ!」
苺スケバンはただでさえ真っ赤な顔をさらに紅潮させて怒る。ここでキレるのがいつもの餃子ヤンキーだが、今日はなぜか優しい。
「まあ、お前は俺と違って全国1位なんだし、自信持てよ。それにそのチョコレートも旨そうじゃん。やっぱり苺味か?」
フルフェイスのヘルメットを被ったまま、苺スケバンの萎れた緑のヘタを撫でる餃子ヤンキー。
「うん…せっかく手作りしたのに…捨てよう」
苺スケバンは、綺麗にラッピングされたチョコレートを片手で持ったまま、うなだれる。
「なあ…その…食い物を粗末にしたら不味いよな。それにあれだろ?ホワイトデーのお返しも欲しいよな?だから、俺にくれよ、それ」
餃子ヤンキーはフルフェイスのヘルメットの中で湯気を出して赤面している。苺スケバンは、湯気で曇ったフルフェイスヘルメット姿の餃子ヤンキーを見て笑いながら、
「捨てるのはもったいないからあげる。ホワイトデーはレモン牛乳のお菓子がいいな」
餃子ヤンキーに手作りチョコを手渡す。餃子ヤンキーは、チョコを受け取って、
「おう、そうだな。宇都宮の人間はレモン牛乳で育つ。レモン牛乳は俺らのソウルフード」
苺スケバンを元気づけようと肩をバシバシと叩く。
「ホワイトデー、楽しみにしてるから」
苺スケバンは、カマキリハンドルの自転車に乗って校門を出て鬼怒川方面に走り出した。餃子ヤンキーも、カマキリハンドルの自転車に飛び乗ると、
「おい、ゲーセン行くべ。どうせサボりで暇だろ?」
苺スケバンの後を追いかける。
こうして二人は少しずつ仲良くなって、ホワイトデーの頃には、一個のレモン牛乳を二人で分け合うほどラブラブになっていた。
そう、これが宇都宮名物ではなく、「謎物」の「苺餃子」の誕生秘話である。甘酸っぱい苺の香りとニラ、ニンニクの香ばしい匂いがミックスされて、とても食べられたものではない。
「苺餃子」を試作してしまった飲食店のオーナーは頭を抱えた。俺は一体何をやっているんだ…。そして、オーナーの姿を見た奥さんも頭を抱えた。うちには名物シェフじゃなくて、迷惑シェフがいるわ。
こうして、「苺餃子」は世に出ることなく幻のメニューとして消えた。
(終)
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