幸せの国

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 この仕組みはどこかの国にあった「ハラスメント」というものに似ているかもしれない、と彼は思った。その国では何かの行動に対して、その行動の受け取り手が不快に感じればハラスメントという認定がなされていた。その認定がなされれば、相手が不快になるような行動をした人は非難されていた。その国では何かにつけてはハラスメントだと言って、人を糾弾するのが当たり前だった。  ただ、それは一昔前の話である。リベルがその国を訪れたときには妙なほどに人と人が気を遣い合っていた。  しかし「幸せの国」の状況を知った彼は思う、あれは表面上の物だったのかもしれない、と。気を遣い合っていたのは人から批判されることを恐れ、感情を表に出せなくなった結果なのだと。  リベルの曇った表情を見て、女が言う。 「これは普通のことではないのですか?」 「普通では……」  ない。彼は言いかけたその二文字を咄嗟に飲み込む。その言葉は相手の価値観を否定し、彼が相手を受け入れることを拒むことに繋がる。それと同時に人のことを知るという彼自身の旅の意義を否定してしまうことにもなる。 「すみません、普通かどうかはわかりません」 「そうですよね、おかしなことを聞いてしまってすみませんでした」  大丈夫ですよ、とリベルが言うも女はどこか気まずそうであった。 「お食事のご用意ができましたので、どうぞ召し上がってください。ごゆっくりどうぞ」  女がいなくあった後も、リベルは一人考える。「幸せの国」と呼ばれるのはこのことが関係しているのだろうか、と。温かい対応を強制していることを皮肉ったがために付けられた名前なのだろうか。はたまた本当に人々が幸せなのだろうか。  リベルはその日中、頭の中でぐるぐると疑問を回していた。
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