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「……ねぇ、今の声、誰?」
『……こ、声なんてしたか?』
彼の声は震えていた。
『……あーあ……れちゃった』
また女の人の声。
「ほら、今女の人の声で『バレちゃった』って」
『き、気のせいだろ……』
「ねぇ、正直に答えて。今、そっちに女の人がいるの?」
『……わかった。正直に話すよ』
ため息混じりの彼の声。
疑っていた、覚悟もしていた。
それでも本当は、彼の嘘を信じていたかった。
けれどはっきりと女の笑い声を聞き取ってしまったからには、もう認めるしかないのだろう。
嘘をつくのが苦手な彼が、顔も声も性格も別に良くない彼が、浮気なんてするはずがないと、そう思っていた。
私が甘かったのだ。
「うん……ちゃんと聞くから、嘘とかつかないでね」
『わかった。実は……』
鼓動が早まっている。身体中に気持ちの悪い汗をかいている。呼吸も苦しい。
私はそれらの不快感にじっと耐え、彼の言葉を待った。
『……うちに、幽霊がいます』
たっぷり数十秒ほど黙り込んでいた彼は、深刻そうな声でそう言った。
「……は?」
予想もしなかったその言葉に、思わず気の抜けた声が漏れてしまう。
『ほ、本当なんだよ、信じてくれ! 勝手に家具は動くし、変な音や声は聞こえるし、こっちは毎日震えながら家にいるんだ!』
……確かに、彼の言葉を信じれば、家にいたがらない理由も、先程からの不可解な音も、彼のおかしな挙動も説明がつく……ような気もしてくる。
しかし、いくらなんでも無理がある。
「いやいや、ありえないでしょ……変な嘘つかないで」
『マジなんだよ! 助けてくれよ! もうこんな家は嫌だよ!』
声が泣きそうになっている。
ドンドン、と壁を叩く音がした。きっと彼をうるさく思った隣人が……。
『ぎゃー! ほら、今の聞いたろ? うちに幽霊がいるんだよ!』
「ふふっ……」
今度は私が笑う番だった。
『ほら、また笑い声が! 助けてくれよぉ!』
「大丈夫、今の声は私。引越し先、一緒に探してあげる」
そう言うと彼は少しだけ冷静になり、照れくさそうに笑って言った。
『あー、それなんだけどさ……俺、幽霊じゃなくてお前と一緒に住みたい! 同棲しよう!』
[完]
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