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柿の種
この部屋とも今日でお別れ、家具を引っ越し屋さんに託して最後の拭き掃除を始めた。
清潔には努めていたものの届かぬ汚れというのは、いやはや溜まっているものである。業者さんが動かした戸棚の裏から柿の種が出てきたときには顔から火が出る思いであった。
しかし謎である。
この部屋で過ごしたこの四年間、柿の種なぞ買った記憶がない。なんといっても一人暮らしを始めるにあたり、スナック菓子は買うまいぞと心に決めていたのだ。となると友人を部屋に上げたときか、と思ったが、部屋に上げるような友人には'スナック買わない宣言'をしていたので、ここしばらくその手の土産は我が家には持ち込まれていない。
「あ……ああ」
突如として舞い降りた答えに私は思わず声を上げた。
そうだ、引っ越し祝いだ。
さてはてどうしたものか。清潔を心がけ、スナック菓子を禁じた四年間、私はこの、柿の種と一緒に過ごしていたということになる。上司にけちょんけちょんに言われて泣いたあの夜も、デートから帰ってにやにやしていたあの夜も、恋人を振ることに決めたあの夜も、そこにはいつも柿の種が居たのだ。
いかん。これはいかんぞ。この柿の種は私のこの四年間を根幹から脅かす柿の種だ。
私はべたべたでしなしななそれをティッシュにくるんで握り潰した。
ピカピカになった部屋を最後にもう一度見渡す。思い残すことはもうあるまい。
さあ今日からいよいよ新生活だ。
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