オオカミは1人だけ

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「洸一さん、少しはいいですよね?」  すっぽりと覆われたトモの腕を掴みながら背後を見上げると、コウイチさんの方を見て話しかけるトモの顔が見えた。 「ああ、少しは。」  コウイチさんの声を聞いたトモに体を反転させられる。向かい合ったトモの顔は結構真剣に見えた。 「ここが時間と場所の特異点。前に少し話したろ? 詳しくはさっき通ってきた白い部屋の中心。けれども、どうしても出入り口が見つからずに長年探し続けて見つけた場所が、このモールの一角にあるんだ。」 「モールの?」  トモの顔を見つめながら問い返す。何とか理解したい。ここが中心で出入り口は他にある。さっきの白い部屋を中心に、球状に大きくバリアが張られている様子が頭に浮かんだ。 「そう。モールの裏側の駐車場の一角。今は一坪ほどの物置小屋が建っている。さっき現れた扉を通ると、自然に地上の駐車場へ抜けるんだ。」 「地上に……。」  便利だ。家に帰るときにここを通れば、階段を降りたり受付を通ったりしなくてもいいじゃないか。 「ああ、ただしここを抜けると必ず未来に飛ぶ。」 「えっ?」  僕の顔が結構間抜けに見えたのか、トモが笑いながら付け加えた。 「ここは未来へ送り出す部屋。その他に過去や場所移動、宇宙への……。」 「そこまでだな。」  急に割り込んできたコウイチさんの声でトモが口を噤んだ。どうやら聞き過ぎたらしい。この部屋が未来へと送り出すための部屋。僕も理解した。トモに頷いて見せると、トモがそっと額にキスをしてきた。 「洸一さん、もうすぐ準備終了です。」  トモの腕が離れて、少しだけ寂しくなる。トモが机に向かい、またカチャカチャとキーボードを叩き出した。途端にまた窓が変化する。今度は上部に雨が叩きつけられている様子が映っていた。下はさっきと同じ。たぶん、今話を聞いたばかりの物置小屋なのだろう。 「うわっ! 雨だーー。傘どうしよ?」 「あっ、ある。ちょっと待ってて。」  リョウの声に反応してユウが窓とは離れた壁に歩いて行った。その途端に、そこに扉が現れて部屋が見えた。キッチン? 一瞬で閉じた扉の向こうにキッチンが見えた。……ここにはもっともっと秘密があるに違いない。 「はい、古いやつだけど、何とかなるだろ。」 「あ、これ最初にヤバいって隠したやつだ。」  あっという間に戻ってきたユウの手には瓢箪のような形をして、紐が少しだけ覗いている黒いボールのようなものが握り締められていた。リョウが言う「ヤバい」って何だろう? 「じゃあ、いこうか。カズ、この4週間楽しかったよ。」  ユウの言葉を皮切りに、リョウとトモが近づいてきて3人で僕を取り囲んだ。目の端にコウイチさんがパソコンの前に座るのが見えた。
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