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Prologue
「きみのこと、好きになっちゃったみたい」
へにゃりと人の良さそうな笑みを浮かべて、眼前の男が言った。
押し倒されたベッドの上で、橘一花は冷静に深慮する。
ここはラブホテルだ。この男とはさっきあったばかりで名前もよく覚えていない。
のっぴきならない事情があって入った場所であるが、ここは男女の営みを行う場所で間違いはなく、男のこの行動も至極理解できるものである。だが、このセリフはいただけない。
「チョロすぎでしょ」
ヤりたいならヤりたいと素直にそう言えばいいのだ。一花だって、場数こそ踏んではいないが、これが初めてというわけではない。今だって涼しい顔の裏側で、このぶ厚い胸板に抱きすくめられたら気持ちがいいだろうなぁ、などとあらぬことを考えているくらいである。
つまるところ、互いの性欲の高まりを美辞麗句で誤魔化す必要はない、ということだ。……とは言うものの。
「したいならすればいいけど、私なんかのどこがいいのよ」
ひっつめ髪で、インテリ眼鏡で、口まで悪い、自他とも認める可愛げのない女のどこが。
「君って案外物好きね」
我ながら意地の悪い言い方だな……なんて思っていたのに、男はなぜだかことさら嬉しそうに笑みを深めて、顔を近づけてくる。
ぺろりと頬を舐められた。
――ワンコだ。ワンコがいる。
ありもしない犬耳が頭に見えたような気がして、一花は思わず苦笑いを零した。
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