第1章

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春にしては少し冷たい風が耳の横を通り過ぎる。風独特の音が耳元で聞こえてくるようだが、それよりも春樹は自身が乗っている鳥について気を取られていた。綺麗な朱色の羽は柔らかく、硬く勇ましいであろう筋肉を包み込んでいた。 「何だこれ!?は、速すぎる!」 「ははっこの子はね、僕が創り出した“不死鳥”と呼ばれる鳥ですよ。本当は西洋の方に存在するそうですが、私はこの子を自分の中で創り出しましたので、よく分かりません。」 「お前、本当に優秀な陰陽師なんだなぁ〜…」 感心するように蒼を見上げる一匹の犬。しみじみと言うその台詞は犬とは思えない。自分の意思を持ち、発言、行動が可能な動物がこの世の中にいるとは考えにくい。 そんな彼を見ても取り乱す様子も、疑うような目を向けることもない。冷静かつ物腰が柔らかい彼の行動は外から見ても何を考えているのか理解が出来ないことが多い。 「ところで、君のことは何て呼べばいいのかな?」 「俺か?俺は春樹から貰った名前、(いつき)と言う立派な名前があるんだぜ!羨ましいだろ〜!」 得意げに胸を張っている彼は誇らしげな顔をしているのを見て微笑む蒼。腕の間にいる樹を冷めた目で見ている春樹はため息を吐いていた。 「勝手にお前が付けさせたんだろ?いい加減なことを言うのは止め手くれよ…」 「でも、名前をあげたのは春樹でしょう?優しいんですね。」 目を逸らしつつ、勢いよく通り過ぎて行く景色を見ながら否定する春樹。しかし、すかさず話に入り込む蒼。微笑みを崩さずに言う彼の顔を見た春樹は目を見開き、「あーはいはい…」と言いながら直ぐに前を見た。何処か照れ臭そうにしている彼はそれ以降何も言わなかった。 * 巨大な羽を大きくゆったりと動かし、地面に敷き詰められている小石がその風に乗り散らばって行く。綺麗な朱色をしている不死鳥は地面に立っている複数人の陰陽師を気遣うように降りて行く。 霊力の無い人間が見えてないとはいえ、風は皆平等に感じるのだ。“そこ”に何かがある、と言うことだけでも分かるだろう。 「お帰りなさい、師範!」 右手で拳を作り、左手の掌で包むような格好をしている。彼等の姿は蒼と似ている着物を着ているようだが、頭の上に被っている烏帽子の色が異なっている。 色とりどりの烏帽子を被っている彼達は全員蒼に向かって頭を下げている。異様な光景だと感じた春樹は地面に着いた不死鳥から降りるのを躊躇った。 「はい、戻りました。全員戻りましたか?」 「はい、直ぐに全員屋敷に戻りました。それで、例の子と言うのは…」 「えぇ、見つかりましたよ。そして、彼をここで引き取ることにしました。」 「えぇ!?い、いきなり何を言っているのか…」 蒼に頭を下げている彼等の中から1人だけ前に出て、現状報告をしているようだった。先に地面に降り立った彼は後から降りてくる樹と春樹のことを気にせず話し始めた。 さらっと話した内容は、弟子である彼には驚くべきものだったようで目を丸くしていた。蒼の発案に冷静に返せなかった彼に向かって蒼は話を続けた。 「そのままの意味ですよ。彼をここで陰陽師として育てます。もちろん、一番下の子達と一緒に雑用もしてもらいます。良いですね?」 「で、でも……」 「……この前お話をしていた昇格試験について、推薦することも可能でしたが……残念ですね。この話は無かったことに……」 「わ、分かりました!今直ぐ準備します!」 途中から周りに聞こえない程の小さな声に変わった蒼。目の前にいる慌てふためく弟子に向かって言うと、冷や汗をかいた彼は順に他の弟子達に指示を出した。 やっと降りることが出来た樹と春樹は彼等の行動を見て、何だか申し訳ない気持ちになっていた。 そんな2人の気持ちなんてつゆ知らず、蒼は手に持っていた扇子をパチン、と閉じて軽く横に振った。すると、ついさっきまで3人が乗っていた不死鳥は煙と共に消えてしまった。 「消えた!?」 「えぇ、彼は私の式神ですからね。自由に出したり消したりする事が出来ますよ。」 「へぇ〜…式神って、便利なんだなぁ」 「君も式神なのでしょう?」 「そうだぞ!まぁ、俺は勝手に出たり消えたり出来るけどな!」 何も言わない春樹はふわふわと消えて行く煙をただ見つめているだけだった。横にいる樹は見る物全てに驚き、感心しているからなのか、蒼は嬉しそうだ。 彼は少し遠い場所にいる彼等に向かって手招きをして、自分の元へと呼び寄せた。2人は顔を見合わせて近づくと、春樹は自分よりも圧倒的に背の高い蒼を見上げると彼が話し始めた。 「では、今日からここで貴方達を弟子として雇います。衣食住は全てありますが、もちろん最初は見習いからです。二週間後には貴族の子供達が通う学舎に通ってもらいます。そこで教養を身に付けてから、陰陽師の修行は始まります。その二週間の間に最低限の読み・書きはここで教えますので覚悟してくださいね。」 「え、二週間って……短過ぎないか?」 「いえ、そんなことはないですよ?後、その言葉遣いも直しましょう。学校では周りは貴族の子供しかいません。馬鹿にされてしまいますよ。」 「何だよそれ…俺、完全に不利じゃん。」 「“じゃん“ではなく“です”と言います。この世の中、美味しい話ばかりではありませんよ。(さとる)、彼を部屋に案内してあげてください。」 「承知致しました。」
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