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「……我妻君は、私のことが好きなんですか?」
「は?」
「私は、アラサーの冴えない養護教諭ですよ?」
おまけに処女だった。昨日までは。彼が「面倒だ」と敬遠する側の人間だった。遊び相手としても不適格だ。
私は弱い人間だ。好かれる自信なんてこれっぽっちもない。だからせめて、彼の前では大人の余裕のある女を演じてみたかった。
「矢花先生? ――と、我妻?」
今朝方ホテルで別れたばかりの声に、びくりと肩が跳ねる。彼はそんな私の反応を見逃さなかった。すっと色を消した彼の瞳が、川原先生を見つめる。
「何かあったのか?」
心配そうに眉根を寄せる川原先生が私を見て、かすかに表情筋を強張らせた。
頭上で、彼が冷たく吐き捨てる気配がした。
「そういうこと」
「我妻君」
「俺さ、去る者は追わない主義なわけ。面倒だから。だけど、あんたのことは労力を惜しまずにぐちゃぐちゃに殺したい気分だよ」
何とも不穏な台詞を吐いて、彼の手が離れる。凍える冷たさが消える。私はついぞ、彼にぬくもりと与える人間にはなれなかった。
「結子」と気遣わしげに名前を呼ばれる。違う。私がほしいぬくもりは、光の帯の先、凍えた指先の上、そして不埒に擦れたシーツの隙間にある。
裏切り者はどっちだ。傷つけられたから、傷つけただけ。きみに嫌われるくらいなら、軽蔑された方がましだと思っただけだ。
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